Rinda-Ring

Event1:ゴースト屋敷「怨念が、襲いかかってきた」


5F 「画家ゾンビが絵筆を振るう廊下」MAP

階−
−段−



現在いる場所 大きな絵
廊下・通れるところ 扉・開いている







 そりゃあね。恨み骨髄とはまさにこのこと。私たち三人の憎しみを鍋にしたら五杯は軽いというか? この娘が敵に襲われてたら全力でモンスターにお仲間に加えていただく、と決心してはいましたが。
 やはり、そのぅ、イベントはちゃんとクリアーしたいではないか。

「ああうううう」
「く、くく……」

 二人の悔しそうなうめきが聞こえる。ああ。無理もない。何の因果であんな小娘を助けろと言うのか。言ーうーのーかーーーー!?
「仕方ありませんよサラさん」
「あんたあとで、ハチミツの刑」
 バッチョに呟いた後私は駆けだした。

 ドーラを抱え込んだ怨念はうごめいている。私が叩いてもシロウが剣を突き刺してもなんの反応もない。ドーラを抱えた手がどんどん絵の中に埋まっていこうとする。その手を狙って攻撃したところ、ズガッ! と強烈な反応があった。
 手が、ぐるりと回転する。ドーラの頭は地面に向かい、彼女は切ない悲鳴をあげた。
「あああ、助けるならちゃんと助けなさいよ、あんたたちぃ!」
 ううう、なまはげに。なまはげにこいつを成敗していただきたぃぃぃ!!!

 形のなかった怨念がだんだん固まり始める。攻撃を加えるごとに、形が明確になっていく。牛みたいな、巨大な、鬼のような大男。シロウのクリティカルアタックで怨念に、顔ができた。
「牛……」
「ビ、ビーフ和牛」
「今の発言にはどういう意味があるのかちゃんと説明してくれないと魔法を打てません」
「ご、ごめんよー」
 なんて和んでいる場合ではない。1ミリたりとも和んじゃおりませんが。
 怨念の顔がぐぐっと絵からのびてくる。眼差し一杯に広がるその、巨大な牛の頭。しかも知性のある眼差し。まだ、片目しかできていなかったけれど。
 こんなに怖いものってなかなかない、と思った。のびてきた顔が私たちをロックオンする。一人一人、近づいてまるで殺す相手を確認するかのように。
 私たちは凍りついた。

「あんたたち、死ぬわ」
 ドーラが言う。つかまっときながら、安穏閑と! と一瞬腹が立ったけれど、ドーラはそういうつもりで言ったんじゃなかった。真っ白な顔で、本気の表情で、
「逃げて」
と言った。

「あんたたちが敵うわけがないわ……今ならまだ間に合う。逃げて!」

 怨念の手が伸びてくる。ドーラをつかんでいた右手だけだったのが、左手が形成された。牛のくせに爪の伸びたごつごつした鬼の手。それが、ドン! ドン! と地面を打った。それだけで私たちは宙に浮いた。
 牛の顔がニタリと笑う。
 ぞくりと背筋が震えた。これは、マジだ。マリア人形のときもひやひやしたけど、この圧倒的な存在感。強大な力。そんな迫力はなかった。だけどこれは、違う。
 私たち敵わない。
 ……すると。

「ドーラがいるのなら助けることができない」

と、画家ゾンビが言った。
 その発言を吟味する暇なく、怨念……いや、ミノタウロスゾンビは襲いかかってきた……。
 視界いっぱいにミノタウロスゾンビが口を開け、そしておたけびをあげた。大声、というのは武器以上の効果を持つ。私は、骨まで振動した。三人とも凍りついて動くことができない。そして、余裕たっぷりにミノタウロスゾンビは再び大口を開け、猛烈な炎を吹き出した。
「きゃあああーッッ!」
 運悪く射程距離にいたノアが悲鳴を上げて倒れる。心臓が握られた心地で、かけつけた。すぐに行動できたのが幸いだった。ノアに、薬草を食べさせる。そして次に動けるようになったシロウもノアに薬草を食べさせた。そうしないと、死んでしまうところだった。
 つまり、攻撃する番が来ても、それを全て回復に回さなければ倒されてしまう。そんな敵だ。
「て、天の獣が裁きを下す……」
 ほとんど恐慌にかられたうわずった声で、ノアが呪文を詠唱する。

「……ドラゴンファイヤー!」

 そのときミノタウロスゾンビが嘲笑した、気がした。いや、気のせいじゃない。私たちはみんな、今のところノアの最高レベルの魔法がちょっとでも敵に効いてくれることを期待した。
 だけど、向かっていく竜の形の炎の前に、ミノタウロスゾンビは右手をさらした。
 ドーラを握りしめた右手に。
「イヤァァァァァ!」
 悲鳴。私は唇を噛んだ。ノアがかたりと杖を落とす。炎を浴びたのはドーラ。ミノタウロスゾンビは苦痛の声を聞いて嬉しげに鳴いた。
「くっそぉぉ!」
 シロウが駆けていく。ぐったりとしているドーラの身体を包む手に、強烈な一撃を加えた。私は、加勢したかった。だけど身体が思うように動かなかった。シロウの身体を弾こうとする手。ああ、それにやられたら倒される。やめて、と叫ぶ暇もない。
 だけどその一撃は外れた。ズン、と地面に落ちた一撃に冷や汗をかいた。ミノタウロスゾンビの目は片目しかなく、だから命中率が下がっているのだと思う。続けざまの攻撃も外れてシロウは命からがらこちらに駆け戻ってきた。

「ああ、お願い。逃げて。言うわ、魔女は人々を裏切った。忌むべき存在、人ならざる魔物に魂を売った。……聖女は封印を守るため、この屋敷に、封印の上に封印をかけた……秘宝ホーリーワンドの『時を歪ませる』力で。だからこの屋敷の人間は何百年たっても偽りの生を生き続ける……」
 ドーラが言う。泣きながら。
「魔女は聖女に敗れた。そして聖女も死んでしまった」

 黒い炎が、宙にボツボツと灯った。
「ダマレ」
 牛の頭が、口をきいた。
「ダマレ、オマエハモウテンニカエレ」
 ドーラの顔が恐怖に歪む。
「ああああ! いやぁ、お願い、昇天させられたら私、聖女様のお願いをきくことができない! 彼女が言った言葉を伝えることができない! あああああ!」
 
泣き叫ぶ。ミノタウロスゾンビは笑っている。


「……ドーラがいると、助けることができない」
 画家ゾンビが、言った。そうか! なんだか頭がちかちかした。
 ドーラ、名前を求める子供。私たち、私とノアはその名前を知っている。私は、前面に出た。サラ? と名前を呼ばれ、返事する間もなく。
 叫んだ。

「メアリー!!」

……と。思い切り。




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