イベント2 淑女は眠る、イバラの中


2−1 ニャアニャアニャア




どうかこれを読んだ方は、私を助けてください。私のことは、白猫のヴィクトリアにきいてください。とても賢い子です。
………アリーゼ


 子猫ってこの世で一番可愛いかもしれない、と思う。
 あの妖精のようなたたずまい。小さくて繊細でおっきな目をしていて、「ニャア」なんてなかれようものなら私、何でも言うことを聞いてしまう。
「ニャア?」
「でも馬鹿ハチがないても別に何とも感じないから不思議だわァ」
「ぐぎぎぎぎぎ」
 ハチをぞうきんしぼりするのはほどほどにしておいて。
 猫の中でも特に一点の汚れもない白猫は、別格というか、なんというか。そしてこのヴィクトリアは白い子猫という乙女たちのハートを鷲掴みにしてもなお足りない生命体なわけで。
 で、ヒントまでくれてしまうスペシャル猫なわけで。
 私たちはにこにこしながらノアの腕の中にいるヴィクトリアをのぞきこんだ。
「ねぇ……」
 こんにちは、かな。調子はどう、かな。あなたの呪い解いたのは私たちよ、じゃあ、あんまり押しつけがましすぎるかな。
 シロウもにこにこしながら言葉を選んでいるみたい。そして。

「ニャア?」

 衝撃的な声を聞いて、私たちは笑顔のまま凍りついた。
「今鳴いたのノアじゃないよね」
「なんで私が鳴かないといけないのよ」
「じゃあ……」
 ヴィクトリアは続けてまた「にゃあ?」と鳴いた。
 そしてノアがにゃー、と返す。ヴィクトリアが「にゃあ、にゃあ!」ノアが「にゃあー」と。
 おおー、分かり合ってる気配!?
 シロウと私は固唾をのんで事態を見守る。

「分かったわ」
 会話を終えてノアは私たちを見つめた。
「なにって!?」
「全然分からないことが分かったわ」
「なにをリアルな鳴き真似してるんだあんたはーーーー!」
 これがまたうまかったのでもしかして喋れるのかと思ってしまったじゃないか。

 ヴィクトリアはからだを舐めている。その様子を見ていると、「ヴィクトリアに訊いてください」なんて言われてもどうしようもない。
「身体に何か描いてあるのかもしれないよ!?」
 シロウが提案したので調べてみたけど、分かったのは。
「あ、こいつオスだ……」
てこと、だけだった。



* * * * * * *



 唐突に行き詰まってしまった。
「私たち、無駄なことにお金使っちゃった、なんてことないよね……?」
 返る言葉はない。普段無駄なことはいっぱい喋っているのに、一番コメントが欲しい時に限ってだまってしまう。
「でも、そんな、石化の呪いを解くことが無駄なんてこと、ないと思う」
「そう?」
「うん」
「で?」
 動くようになった猫は、ノアの腕の中でぐうぐう寝始めている。ちょっと待ってなにそのくつろぎっぷりは? とつっこみたいけど可愛いのでよしとする。
「えーっとさぁ……」
 シロウが頭をかきながら発言する。
 装備を代えても胸に刺さっている呪いの矢……ああ、これが消えるまで私たちろくに外に出ることもできないのよね。あと、そういえばノアが魔法買うのに結構予算を食ったとのことで、

パーティの財布の中身
2070ゴールド
……マイナス320ゴールド

現在1750ゴールド

だ。
 買えるかな杖、なんて怖いことはぜっったいに口にしてはならない。

「えーっとさぁ、猫にきいてくれっていうことは、この猫口がきけるってことだろ?」
「……うーん」
「この猫が口をきくか、どこかに猫とおしゃべりできる人がいるのか、どっちかでしょ」
 ノアが言った。
 猫とおしゃべり……?
「やっぱりどうにかして猫と喋る手段を探せばいいんじゃないかなぁ。んでアリーゼさんを探しに行けばいいんだろ」
「一回アリーゼのお屋敷に行きたいわね。たしかこの町の貴族の館でしょ? 冒険者だったら入れてくれるのかなぁ。チケットとか必要だったりして……とりあえず、アリーゼの自宅からせめてみましょうか。なにかヒントがあるかも」
「確かライナーさん、言ってたよな。アリーゼ姫は行方不明、彼女の母親も行方不明だっけか。詳しいことを知りたいよな。ライナーさんをつかまえてきくのもいいかもしれないな。あの人今どこにいるんだろ」
 猫と、おしゃべり!
 私は思いだした。そして、回れ右をして走り出した。話してたノアとシロウがびっくりして追いかけてくる。
「どうしたの!?」
「猫、猫とおしゃべり!」

 私は走るスピードを上げる。思いついたらそうせずにいられない。
 だって売れていたらどうすれば!

 そして私の様子は、ドジョウヒゲのオヤジに突撃タックルをかましたかのようだったと後に言われた。路上商人の相変わらずさびれた品揃えに一抹の悲しさが漂う。が、それどころではない。
「あああ、あった! これ! これをちょうだい!!」
 私の指は並んでいた本を一冊ひったくった。それは、『猫ちゃんとおしゃべりする』。
「あっ、そ、それだぁ!!」
 シロウたちも指さして手を叩く。
 オヤジは私たちの剣幕に目を白黒させたが、
「それは私が橋の下で修行をしていたとき川を流れてきた箱の中に捨てられていたミューちゃんとの、奇跡の出会いを経て培われた猫語の理論。そのアイテムを使うだけで、猫ちゃんとおしゃべりができてしまうすぐれもの。
 おいそれと売るわけにはいかんな……」
「そう言わずに!」
「いくらするの!?」
 表情が読みにくいドジョウヒゲ、ついと指さした。それは、「非売品」と書かれた札。
 そしてノアがスパークした。だんと地面を踏んでヒゲに顔を近づけていく。そして高らかにまくしたてはじめた。
「これ、商品でしょう! 商品として並べてるなら、欲しい客に売るべきでしょう! 今、リングワールドでこの本を一番欲しがっているのは、確実に私たちなの! だからあんたは『この本をこんなに喜んでもらえてよかたアルね』て感涙にむせぶべきで、意味分からない非売行動にうつつをぬかしている場合じゃ、ないっっ!
 だからこの本売ってちょうだい。百ゴールドで」
 しかし「よかたアルね」て中華風にするとはテクの細かい女……なんて言ってる場合ではない。
「うん、そうよね。百ゴールドで」
 ささやかながら私も続いた。
「えっと……できれば百ゴールドで」
 そよ風のようにシロウも続いた。
 だが、ヒゲはぷるぷるぷると首を振った。
「それは私が橋の下で修行をしていたとき川を流れてきた箱の中に捨てられていたミューちゃんとの、奇跡の出会いを経て培われた猫語の理論。そのアイテムを使うだけで、猫ちゃんとおしゃべりができてしまうすぐれもの。
 おいそれと売るわけにはいかんな……」
 こいつ、台詞固定かぁ!?
 脱力しながら言葉を聞いた。だったらいくら説得しようとしても無駄。壊れたスピーカーのように同じ言葉を繰り返すのみだもの。どうりで目の焦点が合わないと思った、ドジョウヒゲ。
「ちなみに……」
 台詞が続いた。

「『恋のしおり』と交換なら、この本をあげてもいい……恋のしおりは、恋愛小説の効き目が三十パーセントアップするアイテム。この世には五本しか存在しない。この町でそれを持っているのは、酒場のトムだけだ……」

「親切に、どうも」
 シロウが言った。
「おつかいぃ〜?」
 ノアが言った。





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