イベント2 淑女は眠る、イバラの中


2−5 虫よ飛んでけ!



 そして私たちは、追い出されるようにしてお屋敷を出たのだった。
「な、なんなの! せっかくお嬢様を助けてあげようって冒険者が現れたっていうのに!!」
 文句は執事のにこやかな笑顔にはじき飛ばされた。
「またどうぞ、では失礼いたします。主人の体調がすぐれぬようでございますので……」
 頭を下げられて、私たちは言い返す言葉もなく、歩き出したのだった。


「にゃあん……」
 とぼとぼと歩いていく。ヴィクトリアは気遣ってないてくれているみたい。
 三人ともさすがに元気がなくなって、しょんぼりしてしまった。行くとこ行くところくなヒントがもらえずに今、まさに、いきづまっている……外に出てレベル上げて憂さ晴らししようにも、シロウの胸には呪いの矢がすっぽりと埋まっている。
 これ、装備を変えても生えたままなのよね……。
 外に出たらモンスターに取り囲まれてきっとおだぶつだわ。どうすりゃいいっての。もう、わかんない……。
「二人とも、どうすればいいと思う?」
「う……そろそろノアのMPを回復させるために宿屋に泊まった方が、いいかもしれないよね」
 シロウの提案は盲点だった。そうだわ。この子、MP空だったっけ?
「さっき魔法習ったときに回復してもらったのよ。でもそうね、宿屋には泊まっておきたいかも。
 それにさ、さっきの執事色々言ってくれたわよね」
「え!?」
 復讐するんだろうかとうかがったところ、違ったらしい。
「アリーゼ姫と彼女のお母さんがいなくなった事件の関係とか。好きな動物はイノシシとか、友達がいるからさがしてヒントきけとか、あ、伯爵って病気なんじゃないかしら。あれももしかしたらヒントなんだとしたら、私たちに看病の品をもってこいって意味だったのかも……もしくは薬を持っていくと態度が変わるとか。薬、薬ねぇ……
 ……とりあえず宿屋に行ってみる? 行ったことないし」

 そうだ。私たち、宿屋に泊まったことがないパーティだ。しぶく道に生えてる草引っこ抜いて食べて体力を快復させる日々だったもんね……
「あ、そうだ!」
「どうしたの」
「さっき、どっかの店で買ったアイテム! これ、ヒント虫!!」
 ポケットから取り出しましたのは、瓶に入っている、ハエみたいな虫だった。これを解放するとお礼にヒントを教えてくれるという……。
「三匹いるし、一匹くらい使ってみてもいいんじゃない?」
 興味ありそうだったからシロウの手に渡した。シロウは面白そうにバッチョに向けて遊んでいる。バッチョは威嚇している。なにをしとるんだ。
「カンナ、これふた開けるだけでいいの?」
 カンナが出てきた。
「はい、えーとですね。ヒント虫は一回こっきりのアイテムです。一瓶に三匹入っていますから、三回ヒントがきけます。一匹ずつ逃がしてあげてください。ちなみにヒントのお役立ち度はA級からE級まで差があり、逃がす人の運の良さなどが関係しているそうですよー!」
 ノアが雷のようなすばやさでシロウからヒント虫を取り上げた。
 たとえ数値的に一番運の良さが高いのがシロウだったとしても、これは任せたくないな……。と、ウィンドウで確かめたところ、ノアと私だったら私の方が運が良かった。
 ヒント虫を受け取った。



* * * * * * *



 道ばたで三人円陣を組むみたいに集まっているから、通りがかった戦士さんの注目を浴びてしまった。ごまかし笑いを浮かべながら、
「どちらさんも、よござんすね」
「よござんす!」
「じゃあ……………えいっ!」
 ふたを開けた。底の方に止まっていた虫が、ぶぃーんとちょっと半死半生? みたいな元気のなさで飛びだつ。

「ありがとうございます……」

 すごい、元気のなさだった。三日間食中毒に苦しめられて腹を下し、期末試験は全て赤点、自宅では嫁姑戦争勃発、クラブ活動では先輩後輩対立、カード破産にこつこつ頑張ってたゲームのデータが消えちゃった、そんなこの世の災厄をチョイスしてミックスしたような具合。
 慌てて一匹が出た時点でふたを閉じる。虫は私たちの周りを飛んで、しばらく考え込んだ後、

「金なんか使い尽くす覚悟でいきなよ……」

「……………」
「……………」
「……………」
 たぶん三人ともおんなじような顔をしていたと思われる。
「えっと、今あれ、なんてったっけ」
「ウィィィ〜〜。なんでボクを握りしめるんですかサラさん! ボクは寿司じゃナイッッ!」
「ごめんなさいこれだから虫系のキャラはって思いがわいて出て思わず」
 今、なんつったあのハエ。
 金使いつくせだと!? そんな、ヒントが何の役に立つかっていったらほんとに、バッチョ程度の役にも立たんわ!
「今、サラっちひどいこと考えたでしょう!? ボクには分かるんだァ!!」
「うるさーい! あんたも虫のはしくれならヒントのひとつもささやいたらどうなのよ」
「イヤダッ! ボクのアイデンティティはそんなところにはないから!!」
「じゃあどこにあ・る・ん・だ・あ……?」
 ああ、心の底から怒りがたぎってくる。シロウが「き、気を落ち着けるんだサラ。そんなに怒るとよくないよ!」と本気で心配して止めてくるのでそれ以上虫の相手をするのはやめることにした。

 ほんとうに気疲れしてしまった。
 確かに宿屋に行くのはいいかもしれない。ちょっと一休み、一休みってね。私たちは屋敷を背にして東に向かった。そちらは町の入り口、案内看板のあるあたり。そこらへんは宿屋などの施設が集まっているのだった。
「いらっしゃいいらっしゃい!」
 呼び込みの声もおっきな、でっかい宿屋から、おいしそうな煙を窓から出している小さな家庭風宿屋まで。どこにすればいいのか目移りしてしまう。
「ん……?」
 その中でひときわ大きな看板を掲げた宿屋があった。キンキンギラギラした感じの、町なみにえらくそぐわないド派手な看板。バニーガールが片手を上げた絵が描いてあって、その横に
『マイルズの宿屋 カジノもあるよ!』
とあった。その下では商人風の男が手を叩いている。

「あっ、止めてシロウ!」
 反射的に駆けだした私を、シロウの手が捕まえようとする。
「うわっ」
「ギャッ!」
 すかさずハチを投げつけておいて、私は店の中に飛び込んでいった。
「お客様おひとりご案内〜、っと三人様、三人様でしたぁぁ」
 そんな声を聞きながら。




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