イベント2 淑女は眠る、イバラの中 |
2−12 恋の花咲く通りで君に (つっこみます) |
「ど……どれにする?」 私はふりかえった。 「えっと、このへっくしょんてのがすごく気になるんだけど……」 「これ、前の選択の時は正解だったけどさ」 でも、今回は。 「にゃー……ハックション」 「なんだなんだこのくしゃみ! はっと振り向く我らの目に映るは通りすがりの冒険者ども!」 「びっくりさざめきトキメキうめき」 「そして鼓動は高まって」 「倒してみせよう気が向いたから!」 なんてことになりかねない……。ニャーは今回、パスだな。あいつら結構レベル高そうな感じだから戦いたくないし。や、今回は私たち三人揃ってるから倒せないこともないのかも知れないけど。でも。 「どうする? えっとね、すんごく言いづらいんだけど、私さっき出稼ぎに出たときにさ、薬草全部使い尽くしちゃったんだよね! だから私たち、今から戦闘になっても回復の手段がないの!」 「……………」 沈黙の後ノアがにっこり微笑んだ。 「なんでそんな、出稼ぎみたいなことしたの?」 あああイター! 自爆してどうするの私。ノアの微笑が怖い。 「ほら、やっぱり武闘家としての新たなステップを踏みたいな! なんて思ってレベル上げたりしてたわけ。勝利のためには地道な努力だよね!」 「じゃ、あの二人倒してみせてよ。地道な努力の結果を見せて」 うううう、シロウを見ても視線を逸らされてしまった。この、この弱虫! でも私がこの兄弟倒せるかっていったら、全然そんなの無理っぽい。だって私可憐な武闘家レベル6だもんさ! 「とりあえず、選択肢は2で行きたいと思います」 「異議なし」 シロウが手を挙げた。 すると……。 「通りすがりの者ですが、通り過ぎて行きますんで……」 勝手に声が出た。 門番ブラザーズが振り返る。 「あっと、そこゆく冒険者たち! 人の苦境をみてそのまま立ち去ろうというのか?」 「のか!」 「義を見てせざるは勇なきなり!」 「なりなり!」 ドジョウヒゲのオヤジが涙をためてこちらを見ている。 見ている、なんてもんじゃない。超、見ている。門番は勝ち誇ったように私たちを足止めし、からんできた。ほんとたちの悪いやつら! 「ハァーン、なにやら文句がありそうな」 「変な顔」 「言いたいことがあったら訊いてやろう」 「どうせくだらないことだろうけど。プ」 む、むむむむ、むかつくっっ! こいつら。 殴ろう、と拳を固めたときだった。 ブラザーズは顔色を変えた。あわわわ、と汗をとばしながら、そのまま回れ右して走り出そうとする。 「急用を思い出した!」 「たたたたたァ!」 「それではさらば、また会う日まで!」 「デーーーィ!」 ふたりは「すたこらさっさ」という擬音がぴったりな有様で走り去っていった。 何があったんだろう、と振り向くと後ろに、デカイ斧をかかえた冒険者が立っていて興味深そうに私たちを見ているところだった。 ほんとに大きな斧だ。山くらいカチ割れそうな迫力。真っ赤な持ち手にからみついた虹色の布、刃はちょっと滑らせたら簡単に首が飛んでいきそう。 しかもそれを背に抱えているのは小さな女の人なのだ。とても可愛らしくて、その物騒な武器とのアンバランスがなんだかおもしろい。 「ちょっと道を尋ねたかったのだが……、邪魔をしたか?」 「いえいえいえ」 「うーん、やはり邪魔だったのだろうな……すまなかった」 そのままその人は立ち去っていった。 後で知った話、その女性はレアラがこよなく愛する相手、ライナーの属するビューネフォルト騎士団の、緋のビューネフォルト団長その人だったらしい。 そして選択肢は、1を選ぶと戦闘に突入……一定レベル以上でないとこてんぱんに倒されるところだった。そして3を選んでも同じ。 2を選ぶと、後ろに強い人間が通りがかって、二人を追い払ってくれるというものだったらしい。強い人間はランダムに現れるそうで、錬金術士ラガートとかがあらわれてもおかしくなかった。 戦闘は回避されるけれど……しかし、この場合。 「君たち……見捨てようとした」 可憐な小鳥のようなドジョウヒゲが、涙目になって呟いた。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
* * * * * * * |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
だけどホラ、違うとか言えないわけで。 まさしくホラ、見捨てようとしたわけで。 「あんたがそんな道で物売ったりしてるからあんな奴らにからまれるんでしょうが!」 なんて説教してみたところで、 「でも見捨てた」 の六文字の前には全く無力だったりするわけで。 「この猫語の教科書……君たちにあげようと思ったけど、やめる」 なんて言い出されて、今度もまた三択出てこないかな、と待ってしまった。 1ドジョウヒゲを殴る、2ドジョウヒゲを焼く、3ドジョウヒゲを蹴る、みたいな感じで。 「そんなこと言わずに! 結局助かったんだからいいでしょう!?」 うーん我ながらこれで納得する人がいるとは思えない、わけで。 ドジョウヒゲは悲劇的にこう言った。 「悲しい恋をしているのは僕だけじゃない……それだけを思い生きてきたけれど、最近文通の相手から手紙が来なくなってしまって、世界でひとりぼっちな気分を味わっていた。けれどこのまま弱虫のままでいるよりは、とパン屋のシレーナに告白しようとしてみたところ、こんなことになるなんて本当にひどい……彼女に送る花束と恋文のための何かもつけてくれないと、この猫語の教科書は絶対に渡せない……」 悲しい恋だけじゃなく、悲しい人生も終わらせてやりたい……。 「そんなこと言わずに、ね!?」 話しかけてみたところ、 「悲しい恋をしているのは僕だけじゃない……それだけを思い生きてきたけれど、最近文通の相手から手紙が来なくなってしまって、世界でひとりぼっちな気分を味わっていた。けれどこのまま弱虫のままでいるよりは、とパン屋のシレーナに告白しようとしてみたところ、こんなことになるなんて本当にひどい……彼女に送る花束と恋文のための何かもつけてくれないと、この猫語の教科書は絶対に渡せない……」 同じことをもう一回言われてしまった。 「いやいや、ね、そんなすねずに!」 「悲しい恋をしているのは僕だけじゃない……それだけを思い生きてきたけれど、最近文通の相手から手紙が来なくなってしまって、世界でひとりぼっちな気分を味わっていた。けれどこのまま弱虫のままでいるよりは、とパン屋のシレーナに告白しようとしてみたところ、こんなことになるなんて本当にひどい……彼女に送る花束と恋文のための何かもつけてくれないと、この猫語の教科書は絶対に渡せない……」 「あははは、ずっと続けてみようかなぁぁぁ」 「サラ、やけにならないで。んじゃ、行くわよ」 え、どこに……? と不思議に思いながらついていくと、ノアはとある道具屋に向かっている様子だった。さっきの店とは違う、「ヒヒヒ、ヒヒ」て店主が気味悪く笑いながら揉み手している「道具屋やまねこ屋」の方。 「ああーーー! これっ」 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「この花束! しかも例文集付き! まさしくこれだ、よく覚えてたねノア!!」 でも八百ゴールドもかかるんじゃ、とぴたりと身体の動きが止まった。 でもでも、そういえばさっき恋のしおりを渡したときにトムから金袋をもらってたんだよ! あれって、これを買えって意味のお金だったわけ!? 「違う……お前達が実力であいつらを倒していれば、こんな、ことには……」 モンタがまがまがしくそう言った。こんな、ことには……なんて言われるほど悪いことかな? 襲われてる人見捨てるのって。 ……そうかも知れないけど。 「弱い者から金をしぼりとるなんて、なんてひどいゲームだろ!」 「強いなら強いで、余計な金がかかったりする……気にするな……」 「うん、気にしないよモンタ」 「あんたはしなくても私はするっ!」 そして残りの二百ゴールドを握ったノアが言った。 「アイテム補充するよ。どれ買う?」 「……俺、ハリセンが気になるな」 「私は笑いの極意が……」 「薬草十個買おう、なんて手堅い発想はないわけ?」 「そりゃこれから戦闘なんだったらそれくらいは必要な気がするけど。んじゃその二百で十個買っといてよ。こっちでハリセンと極意買うから」 「………んで、残りのお金は一体いくらくらいなのかしら」 「早く買い物してあのドジョウヒゲやっつけに行こうよ!」 言えない、コインの換金率は全然たいしたことなくて、もうほとんどお金は残ってないなんてこと……。ぶんぶん飛んでるバッチョを意味もなく握りしめた。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
* * * * * * * |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
そしてドジョウヒゲに「恋のしおり」と「憧れの君への花束」を渡した。 ヒゲは可憐にうつむきながら、これでうまく、いくか・な……なんて呟いているので気味の悪いことこの上ない。 うん、たぶんうまくいかないと思うんだけどね。 でもすねさせるのもナンなので黙っておくことにした。 「このラブレター、例文みて書いてみた……どう?」 「はぁ? 興味ないわよ」 「このラブレター、例文みて書いてみた……どう?」 「興味ない」 「このラブレター、例文みて書いてみた……どう?」 「いらない」 「このラブレター、例文みて書いてみた……どう?」 「殴るよ」 「このラブレター、例文みて書いてみた……どう?」 「マジで蹴るよ?」 「このラブレター、例文みて書いてみた……どう?」 「えっと、俺が見るよ」 シロウがわりこんでドジョウヒゲは黙った。この同じ台詞エンドレス攻撃、たまったもんじゃない。ああ、ノアに対してもこの攻撃きいたりしないかな!? 「どうしてお金がこれだけしかないの」 「知りません」 「あと一回だけは平和的にきいてあげる、どうしてお金がこれだけしかないの」 「知りませ……」 あかん。焼かれる。 「あ、このラブレター……」 シロウはそれを見て驚きの声を上げた。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「はい」 と手を挙げるとノアが疲れた様子で答えた。 「どうぞ、サラさん」 「どこにつっこめばいいか分かりません」 「うーん、確かに難しいけど」 ノアはにこりと微笑んだ。 「たとえばこの便せんのセンスとこのドジョウヒゲさんのイメージには甚だしい乖離があるとか? ラブレターとは言うもおこがましいこのへっぽこポエムのできが最低レベルであることとか? もらった人が可哀想だって言うのよ。ラブレターというよりホラーメールよ。確かに――――罪――――て感じだけど。あとは、宛名変えただけで例文集そのままって、友達の夏休み宿題丸写しにして、感想文まで同じ文で出すようなバカきわまりない生き様よね?」 ひとつつっこまれるたびにドジョウヒゲはかくん、かくんと身体を傾けた。 直球をノーガードで受けてる感じ? でも、ノーガードなのはこのひとが悪いんだしねぇ……。 「まぁ、例文集そのままのお陰でなんだか、役に立ってくれたわけだし……」 シロウがフォローを入れた。 確かに、ええ、そのとおりですとも。 |