イベント2 淑女は眠る、イバラの中 |
2−14 魔術師の館と白い猫と |
白い頬を震わせて姫君は泣いた。 「このままじゃ、私は結婚させられてしまうわ」 その手を握りしめる魔術師は、真摯な眼差しで姫を見つめて言う。 「おお愛しき君のその微笑みに酔う愚かな酔客たる我 哀しみに沈む君の涙をひとすくい ふたすくい その甘美な痛みに――――罪―――― 哀しみ? 否 この世に生まれたる喜び! 愛しきアリーゼ、君の髪に巻かれて死ぬなら我はこの世で最大の幸福を得ることになる!」 ……いかん、想像力の限界が……。 でも、そういやー、魔術師ジャンていうのはオパール団の一員なわけよね。んで、ナントカいう宝石を手に入れるために狙っている姫君を好きになってしまったわけで。それって仕事と恋が両立できない! て有様よね。 イノシシに似てるとか言われてる彼だけど。 「どういう人なの?」 きくとヴィクトリアは「知らないよ!」と頼もしい言葉を返してくれた。 「アリーゼは、彼のことをどう思っていたんだろ?」 「えっとねー、『ふふふ、私のことを好きだなんて、命知らずな殿方……』なんて笑ってたよ」 いかん。全然アリーゼ姫のキャラがつかめない。 「おいらはね、ジャンからのラブレターの返事を彼の家に届ける役目だったんだよ。ポストに手紙を入れるのが仕事」 なんて器用な猫。 「でもおいら方向音痴だから、次もちゃんとジャンの家に行けるかどうか分からないや……」 「なんですってー!?」 大声を出したけど、しゅんとしている白猫なんて可愛いものを前にしてそれ以上責めることはできません。できませんとも。 「アリーゼもおいらのこと心配してたんだ。何度も何度も、 マハドールギルドの隣の隣の通り、赤い屋根の大きな家から数えて三つ、小さな窓のある家の向かいにあるポストのある家から東側に数えて三つ目の家の裏にある小さな酒屋にいるおじさんが向いている通りを真っ直ぐ歩いていくと、煉瓦造りの大きな塀につくから、そこの壁にある花の落書きのすぐそばにある木のそばに小さな地下への入り口があるから、そのそばに立っているポストにこの手紙を入れて頂戴って」 「………それって方向音痴って言うか、私たちもちゃんとたどり着けるか知れたもんじゃないわ、ね……」 |
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案の定、私たちはかなり回り道を余儀なくされた。 隣の隣の通りって、左右どっちの隣なのか分からなくて、両方確認することになったし。赤い屋根の家があるのは左側だったけど。そして言うとおりに向かったはいいけど酒屋のおじさんが道を見ていなかったもんだからさあ大変……むらむらわき上がってくる殺意を我慢するのが。 そのおじさんはぎっくり腰で倒れていたから、「おじさんの肩を叩いてあげて!」というイベントが発生したのだ。私たちの顔を見て、シロウが「俺がやるよ」と手を挙げてくれた。おじさんは「う〜、そこそこ」とか「いったたたたぁ!」「まさに今奇跡が……」なんて言いつつ、ようやくのことで店の外の椅子に座ってパイプをくゆらせ、通りを見つめはじめてくれた。 ほんとに細かい苦労の耐えないイベントだっての。 「誰が考えたんだろうね!」 「少なくともボクじゃない、ボクじゃないんだよサラっち!!」 雑巾絞りにされたバッチョが訴える。 「雨にも負けず風にも負けず/いつも君の頭に乗って/そして静かに微笑んでいる/東に泣いている子供がいれば/行って「黙らないともっと泣かせるぞ」といい/西に重い荷物を負う母がいれば/行って「そんなもの捨てちまえ」といい/いつも静かに微笑んでいる ……そんなナビに、私はなりたい」 「もうなっとるわ!」 もう、どれだけ絞り上げても気がすまないよ! |
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そしてたどり着いたのは、ポストだった。 確かにそばに、地下への入り口があった……すごいあやしげなたたずまいで。煉瓦の壁と木の間に隠れているような格好で、わざわざ近づいていかないと気づかないように巧妙に隠されている。や、ポストがあるからすぐ分かるか。 「魔術師ジャンの館」 なんて看板がかかってたりはしなかったけれど。入り口の上には「四つ葉のクローバー」の絵の描かれた板が飾ってあった。クローバーか、なかなか可愛い趣味だなぁ。魔術師の館というからにはやっぱドクロとか蝋燭とかミイラとか、古い本とかネズミとかフラスコとか、羽ペンとか、いっぱい取りそろえていてほしいところよ。 「ミ、ミイラは勘弁……」 シロウがぶるぶるしている。 そういやこの子ホラー系ダメだったんだわね。 「分からないよー、魔術師というからにはやっぱり死体とかで実験してるかもしれないし。となると幽霊関係が出てくるわよね。あ、戦士は先に出て味方の盾になるもんよね」 「やめてくれー!」 地下への階段を下りていく。 そして、すぐに上り階段になった。 「…………えーと?」 板を持ち上げると、地表に出た。そこは煉瓦の壁の向こう側。草ボウボウの庭には、小さなお屋敷がちょこなんと建っていた。とても趣味が良い、白い壁の小さな家。四つ葉のクローバーの意匠の壁石がはめこまれていて、かわいいったらない。 「魔術師ジャンの館……よね?」 「間違いないよ、あいつ、アリーゼへのラブレターも、クローバーの便せんを使ってたんだよ!」 どういうひとなんだろうか、ジャンて。 ちなみに入り口には鐘がかかっていたけれど、ならしていいものだろうかとふたりを振り返った。私たち一応侵入者……だよね? 平和的解決できるにこしたことはないけど、その……どうなんだろ!? |