町の広場までもどってきた。
水音がさわやかだ……。ミュンヒハウゼンの像を見上げながら、
「そろそろ、行く?」
とみんなを見回した。
「うん、そうね。いっとこうか」
「そうだな! 行こう」
ミュンヒハウゼン。この町の支配者……。
像の彼は馬上、遠くを見渡している。
シロウがうっとり見上げるくらいの、美丈夫だ。や、シロウがうっとりするのはその美しさにではなく騎士という職業なんだけど。
しかしちょっとこれは楽しみだよ。
「そういやシロウは騎士になったりしないの?」
「え!?」
シロウは目を見開いた。
「騎士に、俺が? や、そんな。恥ずかしいやら照れるやら」
「なに言ってんの」
ガン引きするほどシロウははにかんでいる。
「でもシロウって、悪神信仰よね」
ノアが口を開いた。
「そうだよ」
「それだとなれるのは暗黒騎士じゃなかったっけ? それでもいいの?」
暗黒騎士!!
シロウはがーーん、とショックを受けてあとずさった。
しかしその口から飛び出たのは予想外の言葉だった。
「か……かっこよすぎるよそれ」
ふるふる震えたりなんかしちゃってる。顔赤らめてどーする。
「いやいやいやいや、名前がなんだろうと中身は自分だから」
「すごいよそれ。ノア、大発見だよ!」
「取説にのってるじゃない。あれ、上級職業に関しては図書館で調べたんだっけ」
そんな大発見はともかく……私たちは目的地に行くことにした。
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ミュンヒハウゼンの屋敷は、町の北側に位置している。
広場から北側をみると、かぼちゃみたいな丸い屋根の屋敷がいやでも目に入る。あの騎士さまが住むにしては、ちょっと少女趣味かも。
でもこんな家一度住んでみたいわ!
「そうかしら。ちょっと優雅さとか耽美さが足りないと思うわ」
「や、そんなことないわよ。
ほら、玄関のとこに立ってるメイドさんとかとっても耽美……」
んん?
玄関のところに、メイドさんが立っている。
無表情だけど、端正な顔立ち。黒い髪を中華風に左右におだんごにしており、黒いリボンを結んでいる。
髪と同じ色の長スカート、メイドさんであるからにはもちろんエプロンを身につけてるんだけど、なぜかそれが真っ黒。ワンピースも全部真っ黒。
彼女は目だけを動かして私たちをじろっと観察した。
「お客さまでしょうか」
すきとおったきれいな声だった。
「わたくしはこの屋敷につかえるメイド、ルルと申します。
よしなに」
とぺこりと頭を下げられた。つられるようにこちらもおじぎする。
しかしそのー、なんか。メイクが問題なのか?
ちょっと暗黒めいたところのあるメイドさんだわ。うん。我ながら「暗黒めいた」というのはどういう表現よ、って自分につっこみたいけど。でもぴったんこ。
青いアイシャドウといいまっっっ白い肌といい紫色の唇といい、ちょっと日の当たる場所は苦手そうな雰囲気を醸し出してるひとなのよね。
「皆様はミュンヒハウゼン様のお屋敷にこられたのですね?」
「はい! えーーと。そうですけど、入ること……できますかね」
「よろしゅうございます。どうぞ、こちらに」
ぺこりと頭を下げ、ルルは私たちを案内した。門扉から石畳の上を歩いていく。
赤い扉の前にたどり着いた。獅子の顔をした飾りが付いている、ものものしい扉。
「ミュンヒハウゼン様は、この町の支配者であらせられます。この町が平和であるのはミュンヒハウゼン様のおかげ。この栄光は全てかれのものです」
ルルは、扉を開けてくれた。
ぎいいーーー。
古い木の音を立てて、開いたその扉の向こうは!
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「うわああああああああーーー」
叫ばずにいられないほど、派手で豪奢だった。
なんかぴかぴか光っている。廊下に敷いてある絨毯がふかふか。壁にはずらっと絵画が並んでいる。神話をモチーフにした絵、かな? 金色のランプに、女神像。
「派手だね……なんかお金かかってそうな雰囲気」
でも私たち、アリエッタ姫のお城をみてるわけよね。豪奢、華美、その粋となるものを集めたあのお城を先に見てきた。
……だから、このお屋敷にはちょっと、安っぽさを感じてしまった。
や、比べるものが悪いのは重々承知してるんだけどね? でも。
なんだかなーーー……。
「ちょっと趣味が悪い」
ノアがつぶやいた。
姫はツボの中でくーくー寝息を立てている。
ミュンヒハウゼン様は、どこかな。二階かな?
しかし旅人を屋敷に入れてくれるなんて、気さく……
「それではここで、質問いたします」
なわけなかった。
「はい?」
……なんかいやな予感。
ルルはこちらを振り向いた格好のまま、質問する。
目がらんらんと光ってるのは気のせい? 気のせいじゃないわよねっ!?
「……あなた方はミュンヒハウゼン様のお屋敷に来るための、招待状をお持ちでしょうか……?」
お持ちかって。お持ちかって。
そんなこといきなり言われてもそんなもんが必要だなんて事前に聞いてないし知らなかったわけで!! そんな怖いホラー調で聞かれてもひっくり返ってもそんなもの出せやしないわけで!!
「お持ちでしょう、か……」
その迫力!!
私がノアを振り返る、ノアがシロウを振り返る。
シロウが振り返ってもそこには誰もいないわけで、シロウは口をぱくぱくさせつつ、
「も……もってない、です」
と声を絞り出した。
がたーーん!!
扉が閉まる。私たちは文字通り飛び上がった。ダンジョンに来たならそれなりに心構えがあるというもの、でもここは町の中、私たちそこまで覚悟して来てたわけじゃないのよ!
がちゃん、と金属音が聞こえた。
無慈悲に鍵が閉まる音だった。
ルルが私たちの前に立ちはだかる。
背後に広がるのは、大階段。その上には、大きなミュンヒハウゼンの肖像画。
「そうですか……でしたら致し方ありません……私がこの手で」
「ええええ、なにいきなり戦闘!? 敵!?」
「あわわわわ、みんな準備は」
黒いメイドはゆらりと動いた。
そして、どこから取り出したのか、手の平に大きな黒い石を持っていた。その石を使う。
紫色に塗られた唇がにやりと笑みをたたえ、その目が……まっすぐに私を見た。
「あなたに、きめた」
わ、わたし!?
なんて疑問を口にする余裕もなく……黒い石は怪しげな力を放った!
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