Rinda-Ring さびれた村の聖女マリアの場合 |
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別に狙ったわけじゃなかったの。 巫女になったのは気が向いたから。そもそも剣振り回したりとか魔法使ったりとかに興味がなくて、そういう戦闘で頑張って達成感とかもてないタイプなのね。それよりか戦いたい人たちに盾になってもらって後衛から回復とか奇跡とかおこして感謝されたい。戦闘がいやだっていうんじゃないんだけど、人をサポートする方が性に合ってるの。 私、マリアって言います。っていうと人の視線が生暖かくなります。 だから別に聖女ってイメージを狙ったわけじゃなくて、単に本名なんだってばっっ! て、もはや説得する気力もない。いいわ、べつに。巫女として人の役に立てるなら狙ってようが狙ったはいいが外してよーが。 ……このゲームの自己ヴィジョンは実際を反映するから、私は結構肉付きがいい。歩くよりころころ転がった方が早いんではないかって言われるくらい。そのせいかすばやさが低い。リンダリングでは戦闘においてはターンて概念がないでしょう? 動くまでには、そうね、移動コストがかかると思えばいいわ。私はとろくさいから12とか初期数字があって、それが0になったら動けると思って。 するとね、戦闘が終わってしまってるのね。仲間たちにはほんとーーーーーーーに呆れられたわ。武闘家くんが毒消しを使ったあとに私は解毒魔法をかけるし、吹雪を吐く竜を倒した後に防護魔法詠唱が始まるって。なんとか薬草を使って回復した後に私の回復魔法で、とうとう仲間たちは怒っちゃったの。 そして私には言い返す論拠ってものがなかったので。 「マリア、あんたはとろすぎるわ!」 て指さされてちっさくなるしか。……あまりちっさくないのだけど。 でも、でもでも、この村に置いてけぼりってことはないと思わない??? ここは南のチーカイ自治領区にある、キリヤデの村。主な生産物はトウモロコシ。人々は健康に健やかに畑を耕して生きているわ。近くにエルフが住んでるって噂の森があって、森の中には伝説のアイテムの隠された塔がたってるとかで、私の仲間たちはそこに向かったの。私をおいて。私は宿屋で一人ぽつんと、ぼさっと、していることに飽きて外に出た。それが一週間前の話かな……すると村に続々と怪我人がやってくるから、びっくりした。 なんでも戦争イベントが始まったとか。いや違ったかな、伝説の竜復活イベントだったかな? 両方だったかもしれない。チーカイ自治領区は西のキルシュナ王国と仲が悪いの。キルシュナは、はじまりの町ギムダがあるところっていうと分かるわよね。 キルシュナの王様はチーカイの領土を狙っている。チーカイはあんまり豊かな土地ではないのだけど、エルフがいる。伝説のアイテムもたくさんあるし、宝石もね。ときどき戦争イベントが起こってたくさんの人たちが怪我をする。 村にまで押し寄せるのは、驚きだったけど。 そして私は彼らを回復させる作業におわれることになった。回復しても回復しても人々はまた怪我をして帰ってくる。確かにね、人々のお役に立つのは好むところです。でも、きりがない!! 戦争イベントって一体なんなのかしら。 回復させた人たちは一様に感謝して私に贈り物をしてくれた。だいたいはいらない薬草とか、あまったアイテムなんだけど、時にはお金も。私は教会にそれを捧げることにした。リンダポイントの下がること下がること、私もともとリンダポイントが低かったんだけど、あれには感激したわ。それはともかく、この村に来るとただで回復(捧げものは任意だから、基本的にものをもらってはいないから)させてくれるってことが評判になって、私はとんとん拍子に「聖女」認定をもらってしまった。ステータスウィンドウを立ち上げるともれなく「聖女マリア」って書いてあるわ。 別に狙ったわけでもないのに。 置いてけぼりくらったせいで、私は聖女マリアに。一言感想を言うとすれば、 「ああああああ、なんだかなぁぁぁぁぁーーーー!!!!!」 なのでした。 |
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来る日も来る日も回復させていると、だんだん意識が朦朧としてきて、 「ありがとうございます、ありがとうございます」 って人々の感謝言葉になにか返すのも億劫になってくる。私は多分、へらへら笑っていただろう。 私の回復場所は寂れた村の風車小屋。の前の広場。大した広さじゃないけれど、怪我人がひしめいているのを見るとなかなか辛い。だいたいあんたたちなんなのさ。怪我ばっかりこしらえやがって! なんて思ってても顔には出さずに回復、回復、回復しつづけ。聞いたところ、戦争イベントで活躍したら、なにかいいことがあるんだとか。たくさんお金がもらえるとか、上級イベント……えーと、発生条件が厳しいイベントのことね、そういうイベントへの参加資格がもらえたりするらしい。このゲームまだクリアーした人間がいないどころか、勇者さますらまだあらわれてないんだから。回復におわれる日々を過ごしていると、「勇者って何? 食べ物?」てな具合だけどね。 だけど私の仲間も酷いわ。どうしてさっさと帰ってきてくれないんだろう。それより、私ってもしかしてこの村でずっと生活することになるんじゃないかしら。仲間たちはみんな私をおいて、今頃全然違う国に行ってたりして。あいつがいなくてせいせいしたなんて言いながら。ああその情景が極めて想像できる………… 「マリア様ー、大丈夫?」 私の顔をのぞき込むのは村の子供だ。 「ええ、大丈夫よ」 「早く回復してくれよ」 苛立った男にせかされると「あんたは最後ね」とか言いたくなるけど、私にはそんなこと言う勇気がなくてすみません、なんて謝ったりしながら回復の詠唱を始めてしまう。 へらへら笑いながら。 そして私は、 「竜があらわれたーーーーー!! 村を、襲ってくるぞぉぉ!!!」 て叫びが上がったときも、もちろん笑っていたのである。 「伝説の竜!? どうしてこんな寂れた村に」 村にはろくな戦力がなかった。いるのは非戦闘民の村人たちと、怪我人ばかり。私が回復させているって言っても、戦闘には色々準備が必要なものでしょう!? 薬草とか、そういうものがこの村には全くない。私が集めたものは全部教会本部に行ってしまったし、この村には道具屋もないのだ。流れの行商人なんかも、全然通りかかる様子がない。 なんてこと? 人々は右往左往している。どうしようもない、そういうイベントが時々起こるのだ、このゲームは。 「冗談じゃねぇよ、俺MPからっぽだぜ」 「武器が壊れてる……」 「ああああ、だめだ逃げよう!!」 「マリア様、マリア様ならなんとかなるんじゃないか!?」 ヒィ、と喉で悲鳴がくぐもった。怪我人たちが私を期待の目で見ている。聖女認定された巫女なら軽く竜も倒せるんじゃないかって、あんたたち、そんなことできたらそもそもおいてかれたりしないっての! て心の中では一万語は返せるんだけど、面と向かって私が言えるのは「あ」とか「う」とか言葉なのか効果音なのか分からない母音だけ。 「すごーいすごーい、マリア様助けてくれるんだね!!」 て子供に言われてしまっては、違うって言えない。 ああ私はいくじなしです。 ばかです。 まぬけです。 私は背中を押されるようにして正面入り口に向かわされた。北に向かって開かれた村の入り口。まっすぐ外を見ると、目眩がするようなリアルさで飛んでくる竜が見えた。ぐんぐんとこちらに向かっている。 ああああ、どうかどうかお願い。こんな小さな村はほっぽってどこか違う場所に行ってちょうだい!! こんなところあんたのおやつだっていやしないんだから!! と聖女の祈り(自分で言っちゃうわよ全く)も空しく、その竜は急降下してきた。 服も髪も風にあおられて、立っていた者たちは皆棒立ちになった。 なんて大きさだろう。なんて凶暴そうなのかしら!? 竜って言ってもなつかしい日本昔話のアニメのオープニングでふわふわ飛んでたマヌケ面の蛇型竜じゃないのよ。トカゲ型の、まっかっかの、大音声で 「グワオ、オオオ、オオオオーーーーー!!!!!!!」 て叫んで私たち全員をすくませる化け物。私を囲んでいた人たちがあわてて逃げていくのが分かった。私は、私ときたら素早さが足りないって問題じゃなくて、あまりにも怖くって逃げられなかった。 逃げないともっと怖いことが怒るって分かっているのに、身体が動いてくれない。そういうことってあるわよね? 私はまさに今それなんだけども。 竜は獰猛に笑っているように見えた。私は否定したいって心根はあんまり否定できないけれど、とにもかくにも曲がりなりにも聖女なんだから、逃げちゃいけないんだと……十字架を空に掲げた。 「神よ、愚かな子羊に救いをお与えにならんことを……」 怖くて怖くて目を閉じる。最初に唱えるべき呪文はなんだったかしら、えーとえーとえーと……分からない。思い出せない。どうしてこんなときに思い出せないってのよ、えーとえーと、死んでしまったら私きっと聖女認定の級が上がるわね。って、そんなの絶対にいらないっていうのに!! えーと、えーと、か、神は。 「あぁ〜……」 喉から洩れたのは泣き声。 そして。 |
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竜は身体をくねらせてブレスをはく動作に入った。私はうかつにも目を開けて、それを見てしまった。どうして竜はこんなに綺麗なのかしら。そんなことを思いながら、死んでしまうのかも知れないと思った。 その瞬間何も見えなくなった。死んだ? と頭中が疑問でいっぱいになったけれど、目の前に広がった黒い布を見て、誰か私の前に立っていると知った。 布じゃない、マントだ。その人は私を背に庇い、盾を掲げていた。竜の吐き出した火のブレスはその盾にはじかれて、私たちを焼くまでにいたらない。 息が切れた竜は立ち上がり、私たちを威嚇するように腕を広げた。 なのに、私の前に立った人は私を振り返った。 人の良さそうな顔をした、優しそうな顔立ちの戦士さんだった。 「だいじょうぶですか?」 「え、ええ……」 「だってさ、サラ、ノア、頼むよ!」 「言われなくても」 後ろで声がした。振り返ると、女の子が二人。一人は武闘家、もう一人は魔法使いだった。二人とも……この戦士さんも、かなりのレベルだと思う。装備しているものの質がそのへんの冒険者と違うから。 「じゃあ、私から行くね!」 武闘家さんがそう言って小気味よく走り出す。 「あいつ火竜だよね〜……あーあ、私の華麗な炎魔法じゃだめじゃない、吹雪苦手なのにさ……」 ぶちぶち言いながら魔法使いさんが杖を構える。杖がぼんやり光り出して、詠唱が始まった。 「哀しみの大地に立つ最後の乙女の慟哭をきくは、ただ乾いた風のみ、その哀切なる響きに北の大地は冷たく凍り、我らは哀しみの起源をそこに見る、聞け、そして知れ、哀しみは我らの内よりいでしこの世の痛みなり」 ワンブレスですよ、ワンブレスでこの長々した呪文をこの人は唱えたのですよ。って私、どうして敬語なのかしら。そして魔法使いさんは薄目を開けて武闘家さんを見た。 彼女はすばらしい戦闘家だった。すくなくとも私はあれだけ素早く動く武闘家をみたことがない。高く跳躍して竜の頭を回転蹴りした後にパンチの連打を腹に決めた。竜はもんどりうって倒れる。しかし素早く立ち上がり、武闘家さんに襲いかかった。すると戦士さんが盾でまたその攻撃を受け止めた。 すごい、なんて素早く動くんだろう!? 武闘家さんはまた竜に攻撃を決めた。そして戦士さんの重い一撃。剣で竜の片手を切断した。 そして武闘家さんは竜の頭に上からかかと落としを決めた。 「オッケー、いいよノア!! やっちゃってぇ!」 ……情景に反したのどかな声は、なんとも言い難い。竜なの、竜なのよあなたたちって説得したい気にもなるけど、でも戦ってるのはこの人たち。 ちょっちょっと襟の後ろを引っ張られた。見ると、ハチ? みたいな生き物が 「あんたは、下がってな」 とニヒルに笑った。 こちらにやってきた武闘家さんがバレーのアタックの要領でそのハチ? を叩き落とした。 「お前が言うな」 って、爽やかな笑顔で。 そして。 「フリーーーーーーーズッッッ!!!!」 魔法使いさんは杖から魔力を発した。それはもう、すっっさまじい吹雪だった。視界が真っ白になったかと思うと、空気すら凍るんじゃないかって迫力で白い風は竜を襲った。竜は体勢を立て直す間もない。そのまま凍りつく。 大きな氷の固まりになった竜にとことこ近づいていくと、武闘家さんは、つま先キック一発でよかった。コン、と蹴っただけで氷の固まりは粉々に砕け散った。 |
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「あ、あの……なんてお礼を言ったらいいのか」 なんて言いながら、私って陳腐なことしか言えないのね、と悲しくなった。なんてお礼を言ったらいいのかって、なんてお礼を言ったらいいのかって、 「……ありがとうごさいます」 に決まっている。 武闘家さんはああ、いいのいいのと手を振った。 「私たち竜は何度も戦ってるから、大丈夫よ。怪我もないし。あなたは」 「私は、なにも」 「そう、よかった。んで、エルフの森ってどこにあるか知らない? 私たち道に迷っちゃってさ」 「サラが悪いんだろ」 「うっさいなぁ〜、ごめんって誠心誠意謝ったでしょう!? 何回謝ったら気が済むわけ? え? 十回? 二十回? あんた人の心ってものがないの?」 「俺が言いたいのはそういうことじゃねぇー!」 「あ、あの……エルフの森はこの村のもっと南にあります。世界を支える大樹ユグドラシルが見えるはずですから、分かりやすいんじゃないかと……あ、あのエルフは普通に行ったんじゃ会えないって話ですけど。最近は、戦争も起こってて、だから、危険なんじゃないかと……」 三人は顔を見合わせた。 魔法使いさんがニッコリ笑った。 「私たち、その戦争を止めに来たのよ。王様の書状もあるわ」 「え……」 「そもそもこの戦争、馬鹿王女が『わらわはエルフのエメラルドが欲しいのじゃ〜!』とか言い出して、どっかの盗賊がそれ盗むことに成功しちゃったもんだから、始まったのよねぇ」 「ば、馬鹿王女って……あの」 キルシュナ王国の「世界で一番我が儘な姫君」て二つ名で有名なアリエッタ姫のことだろうか。 「そう、それ。その馬鹿王女。あなた、あの姫関係のイベントには一切近づかないことをオススメするわ」 「そうそう、酷い目に遭うよ……」 戦士さんが深い声で言ったので、思わずうなづいてしまった。 三人は来たとき同様、何事もなかったように去っていってしまった。見送っていた私は、ようやく姿を現した村人たちに「発見」された。 「マリア様!! マリア様はやっぱり聖女だったんですな!!? あんな竜を倒してしまうなんて、すごい、すごいことですぞー!!」 「なっ、ち、違……」 「ばんざーい、ばんざーい!!」 その日はお祭り騒ぎになってしまい、私はその誤解を解くのに数日を要したのである。しかも自力では説得させることができなかった。帰ってきた仲間たちが 「化け物のように強いパーティ」 の話をしてくれたから、だったんである。 かくして私は聖女の称号を持ったまま仲間たちと旅を続けることになった。村を出ていくときは惜しまれたけど、仕方がない。 だってやっぱり。あんな風に強くなれるかも知れないって、あんな戦いっぷりを見て村に籠もるなんてこと、できるもんですか! |