Rinda-Ring ある野宿の一夜 |
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はっきり言うのは気が引けるのだが……ほんとに引けているわけではない。 「ほんとに綺麗な宝石ねぇ、ノアちゃん」 「そうでっしょー!」 ノアはきらきらとした目でこちらをすぱっと振り返る。その手に大事に包まれているのは「優美の名は彼女のためにある姫君」、オパール。すべての色を閉じこめたような不思議な色彩が見るものの心を虜にする。 効能は、封じ込められた召喚獣ヴァイス。とっても珍しくて手に入れるのもそれはそれは大変な逸品である。 今私の手には「召喚の腕輪」というアイテムがある。小さな石をつなげてつくられた指輪で(ノアちゃまは「フンっそんなしょぼい石に興味ないわっっ!」とおっしゃられ私の手で輝いている)、もちろん、その名の通り召喚ができるようになる道具だ。 道で倒したモンスターとか。封じ込められた召喚獣とか。いろいろなものをこの小さな石の中につめこむことができる。つめこんだモンスターによって使用制限がある。そのへんのザコ敵なら捕まえた数だけ呼べるし(一種類につき石ひとつだ)、ボス敵なら三回とか五回とか、強いほど少ない。この前のイベントで倒したサイレントポイズナーなら七回だ。イーグルキャットは三十回ほどためている。 んで、このオパールに封じ込められているヴァイスっていうのは、モンスター辞典に 「白く輝く鱗を持つ天の獣。その眼差しは見るものの心を凍らせ、その力の前に生き残ることができるモンスターはほとんどいない」 なぁんて書いてある。 結構苦労して手に入れたのよね。 持ち金も全部消えてしまった。 というわけで……野宿だった。 |
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「うう〜〜、うううう〜〜」 木の下にひっくり返ってうめき声を上げているのは我がパーティ有数の不幸を誇る(三人しかいないが)シロウだ。今日も元気に病人である。オパールを持っていた占い婆に呪いをかけられそうになったノアをかばって呪いにかかってしまった。 今回の呪いは「身体がとっても重くなぁれ」というもの。すばやさの数値0。とってものろくなってしまっている。そしてもうひとつ、 「げらげらげらぬばばばばっっ!」 「だぁっ! ばかっ!」 突然わめき出す。発作的に戦闘中にも叫ぶんだから、こっちはいちいちびっくりしてしまう。真面目なシーンのときなど殺意が湧くが……でも呪いはノアを庇ったせいだしねぇ。 しかしこの人、呪いを全てコンプリートしちゃうんじゃないかとサラ心配である。 野宿といってもこのゲームでは「宿屋システム」を通さないと回復しない数値がある。MPとか。私とシロウは魔法力皆無だから、道で薬草かじってりゃすむ話なんだけど、ノアは野宿じゃ回復しない。 でも、今は否応なくこの木の下にいないといけない状況だ。道に迷っちゃったから。そして、地図がないから。そして、夜だから。ランタンとか、や、マッチ一本持ってないのだ。視界が最悪な状況で、モンスターがとっても強いし、戦闘になったら苦戦すること間違いなし。薬草がもう尽きかけている上、近くの村までは結構な距離がある。はっきりきっぱり、「ヤバイ」状況なのである。 「イベントクリアーしたのにこんな状況になるなんて、いやはやハハン」 「あんたねぇ、ハチのはしくれなら尻光らせるくらいの芸当してみせなさいよ」 「ちょっ、サラッチ、ぼかぁホタルじゃないっっ」 「似たようなもんよ! あああ、またアリスに頼んで呪い解いてもらわないといけないし、あいつ絶対足下みやがるわ」 なんでうちの戦士はこんな呪われるんでしょうか。 ホゥホゥとフクロウが鳴いてる。ブイ〜ンと羽の音がする。 「うっさいよバッチョ。あんたもハチなら地面の下に潜っておとなしくしてなさいよ」 「ぼかぁモグラじゃないっっ」 「ねぇねぇサラ、このオパール、なんか傷があると思わない?」 「あぁ似たようなもんでしょ、オパール貸してよ」 ぶいぃぃぃぃ、とうるさい音が耳元で響いている。うるさいなぁと怒鳴りかけて視界の中にいるバッチョを見た。隣にノア。シロウはひっくりかえっている。いやぁな予感がして、そして振り返った。 そこには。 私の宿敵がいた。リングワールド全域に適応して生息し、旅人を嘲笑うかのようにどこにでも現れる。現れては、旅人のものを盗んでいく。 ファンキー☆モンキー。にくっっっったらしい猿面のこのこひっさげて今ここに現れやがった。しかも羽はやしてる。一瞬頭が止まっていた。モンキーはきぃ? と首を傾げた。 反射的に私はオパールを握りしめる。 そのとき、 |
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「げらげらげらぬばばばばっっ!」 「ぎゃーーーーーーーーっっっ!!??」 呪いに身を任せたシロウの叫び声に腹の中身がひっくり返るほど驚かさせた。ぴょい、と手の中から滑り落ちるオパール。それを小さな手が、受け止めた。 「きぃぃ? うっきーー!」 ファンキー☆モンキーフライングバージョンは「こりゃどうもありがとう」とばかりに頭を下げて尻を向けてき、ぺんぺん叩くと飛んでいく。 「だあああちょっとちょっと待った全財産! 全財産! 補償! 裁判!」 「じょおっだんじゃないってぇのぉぉぉ!」 私は殴りつけた。 シロウを。怒り、そのままに。 ノアは唱えた。 呪文を。冷静な計算のもと。 「清冽なる川の流れ、時の流れよ。闇の蛇のつくる円環により世界は完成し、流れは滞る!パーフェクトワールドッッ!」 走るノアの伸ばした手からぞろりと蛇が落ちる。蛇キライだから普段は使ってくれない魔法なのに、やはり宝石の魅力は恐ろしい。イヤ、有り難い。 蛇はノアを中心とする円を作る。その中にはちゃんとファンキー☆モンキーをとらえている。世界の内にあるものは逃れることができない。レアな魔法なのだ。この間錬金術師の実験台に(シロウが)なったとき、手に入れたのだ。 「きっきっ、きーっっ!」 ぼてっと地面に落ちた猿がうめいている。逃れることは、できません。私とノアは冷たく見下ろす。 「この盗人」 「馬鹿ザル!」 「猿に人権はない」 「げらげらげらぬばばばばっっ!」 「うるさいっっ!」 「猿、さっさと出しなさいよブツを」 「ほら、命が惜しくないの」 オパールを差し出しながら、「き、きき〜ぃ」と哀れをもよおすような弱々しい声でモンキーは訴えるが。今この瞬間全国のリングワールド冒険者を代表する私たちが。 「許せるかっっっ!」 「き、きーーっっっ!」 ノアが魔法を詠唱する。私は鉄拳制裁である。パーフェクトワールドに捕らえはしたが、さすがモンスター随一の素早さを誇るモンスター、拳なんて当たらない。ノアは大仰な魔法を使わず、123ファイアーの連射にかまけているが、ときどき猿の尻を焦がす程度だ。 「ノア、照り焼きにしておしまい!」 「げらげらげらぬばばばばっっ!」 「きーーっっ、もうあんたっええかげんにさらせ!」 我ながら、きーっなんて怒る奴を見るのは初めてであるよ。や、見られないけど、自分自身だから。 ファンキー☆モンキーはなかなかしとめられない。私はいらいらして手の中にあるものを投げつけた。 バッチョだと思ったのだ。だから、思い切り投げつけた。 「ああっっ、サラ、それは!」 止めるに止められない。それは、オパールだった。モンキーに命中したそれは、発動を始めた。チカチカ光りだすそれはさながら巨大な幻を生みだす卵。光は空めがけて大きくはじけ、竜の形を取る。 天の召喚獣、ヴァイス。それは白い竜の形をしていた。そして声ならぬ声で、唱える。 『天雷』 詠唱が短いのは最高魔法である証し。それは雷系最高魔法だった。視界が白く染まる。天から幾百の矢が落ちてきて、爆発する。呆然としてその情景を見つめていた。こんな、こんな魔法があったら私たち苦労して最上階までいった「スタータワー」のボス、倒すのをあきらめるなんてことなかったんじゃあ……エルフの隠里にいく道をふさいでるビッグイボイノシシだって、一発だったんじゃあ。地の底を這う馬車の乗り手オーディスだって楽勝できたんじゃあ。あの化け物みたいな強さだった「地上最高の戦士」だってこの魔法を受けたらたたじゃおれないよ。 それを。 こざる一匹に。 ノアはへたへたと地面に崩れおれた。オパールは破壊されてしまい、粉になって砕け散った。倒されたファンキー☆モンキーは、私の手の召喚の腕輪に吸い込まれてくる。度数は30。これを召喚獣にするのはかなりの至難の業だと言うけれど…… 「げらげらげらぬばばばばっっ!」 泣きたい。 「シロウっっ、あんたハウスの刑よ!!」 ノアは涙目でシロウに指を突きつけた。シロウはぬばぬばと弁解しようとしているが、ノアの怒りはおさまらない。ハウスの刑というのはゾンビハウスに行ってレベルを上げるまで帰ってきてはならない罰のことである。……ちなみにノアのハウスは「ミラーハウス」で、私のハウスは「スライム屋敷」である。 そもそもあんたを庇ったせいでシロウはこうなったんじゃないかな、とか。言いたくなったけど。サル一匹に50万ゴールド相当のアイテムつぎ込んだかと思うと力が出ない……。 とっくに夜は明けていた。 そんな野宿の一夜だった。 「げらげらげらぬばばばばっっ!」 寝てない、と言いたいらしかった。 ……永久の眠りにつくよりはいいよね。 |