Rinda-Ring ラスボスに憧れし者の末路 |
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自分で言うが、わしは凄まじい魔力を持つ邪術師である。 名はトローケン。レベルは53、得意とするは幻系の魔法と、氷魔法である。信仰は悪神。それはもちろんのことである。パーティを組んではいない。一人旅を続けることもまた修行。単に友達がいないわけでは決してない。 一人旅は苦労が多い。 特にダンジョンにおける苦労は筆舌に尽くしがたい。レベルに見合わない敵に遭遇したときなど、敵が攻撃してきては薬草を使い、攻撃され、薬草を使い、攻撃され、薬草を使い、永遠ループのように回復薬を使い続けたもののストックが切れて敢えなく昇天ということにあいなる、こともある。攻撃も回復も一人でせねばならないというのは、非常に非情なことなのだ。 非情と言えばわしを助けてくれた暗黒神殿のネクロマンサーもひどいものだった。山羊の角みたいな飾りのついた帽子とガイコツの飾りがついた杖を装備した強そうな女だった。 「黄金の女神像か、翡翠の姫君。どっちかお出しなさいな」 「……そんな、ひどい……」 「たった一万ゴールド相当のアイテムよ。さっさとお出し。持ってるでしょ、ほら」 「……そんな、ひどい……」 「一万ゴールド。ええいしつこいッッ! じじいがしなをつくるんじゃない!」 「……そんな、ひどい……このアイテムは前薬草を買った錬金術師に渡しに行かねば、魔道実験のモルモットにしてやるって、レイド君に言われたんじゃよ……ごほごほ」 「ブルーブラッドのレイド?」 ネクロマンサーは鼻にしわを寄せた。ブルーブラッドといえば高貴な血の別称であるが、この場合は「お前の血は緑色」の意でしかない。そして錬金術師のレイドといえば、悪評がこれ以上高まることが人に可能なのかと戦慄するほど評判の悪い錬金術師である。その名を聞けばたいていのものはこんな顔をする。 「んじゃモルモットになってらっしゃいよ。私には関係ないし。この女神像はいただいておくからね」 「そんなひどいッッッ!」 ずるずるずると渾身の力でしがみつくじいさんを引きずって歩く、豪気なネクロマンサーだったが、階段を三回上ったあたりでようやく根負けしたくれた。 「ああもう、しつっこい! いい、分かったぞ。この女神像は我慢してあげるわ。でも、一万ゴールドぶんの働きはしっかりしてもらうわよ!」 ……というわけでわしは今、ここにいる。 ネクロマンサーは、ダンジョンを一つ運営しておった。レベルが高い冒険者にはそういった話が舞い込んでくるのである。ダンジョンや塔、洞窟を運営してみないかと。奥の奥で王座に座り 「フハッハハハハ、ようやく辿り着いたか愚かな冒険者どもよ!」 と高笑いするのは面白い体験であろう。わしもいつか、と夢見る次第である。ちなみに冒険者よ、のあたりは「予言の勇者よ」などとぶちあげたいものであるが、まだこの世界には勇者が現れていない。惜しいことだ。 閑話休題、わしはダンジョンを一つたのまれた。そのネクロマンサーは「黒真珠」を守っているらしい。しかも、その黒真珠を手に入れるためには数個にまたがるダンジョンをクリアーせねばならないという。 噂によると、リンダリング……「リンダの指輪」には世に点在する名のある宝石が関係しているらしい。宝石を追いかければ、もしかしたら勇者への道が開かれるかも知れぬ。開かれないかも知れぬ。世界は未だ、謎に満ちている。 話し声が聞こえてきたのでわしは定位置にそっと身を隠した。 |
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「あぁー、一本道のダンジョンっていいよね! 大好き。作り手の優しい精神が身にしみるわ」 「一本道だからこそ罠満載なんじゃないか、サラ。突撃するのはやめてくれよ」 「前のダンジョンが図鑑まみれならここは絵本まみれねぇ」 ネクロマンサーはダンジョンを任せるにあたって設定するトラップや宝箱に至るまでの謎解きまでわしにまかせてくれた。 このダンジョンは一本道だ。そして左右の壁には高く本棚がそびえ立つ。並ぶ本の趣味はわしの範疇外であるが(シンデレラに白雪姫、少女趣味の極地である)、謎を設定するのに材料を選びはしない。わしは考えに考えた。 一本道のどんづまりには邪心女神の像が立っている。人を睥睨するその額には次のダンジョンへのヒントである黒い石がはめこんである。女神像の足下には、 「恋を知らざる姫君は指先を血に染めて永久の眠りにつく」 と書かれた板がある。それはもちろん本棚の中の一冊を示している。ヒントの示す本を手に取れば、次のヒントが。最終的に鍵となっている本を神台の上に置けば、天井から威風堂々とわしが、下りてくる。もちろんラスボスとしてである。 そして、おお、憧れの台詞を言うことができるわけだ。「はらわたをくいつくしてくれるわ!」ではどうかと思われるが(食いたくないし)、「わたしはネオトローケン すべての記憶 すべてのそんざい すべての次元を消し そして わたしも消えよう 永遠に!!」というのはどうであろうか。ああ、格好良すぎて身震いがする。 冒険者どもよ、さっさと謎を解くがいい。 「ノアー、ほら見てあれ。像の額に黒い石がはまってるよ」 「待ってよ、シロウなに見てるの」 「ここにあった板だけど……『変を知らざる姫君は指先を皿に染めて氷久の眠りにつく』……って? なんだこれ?」 「変を知らないですって? 知りたくないわよ! なんなのそれ。ヒントのつもりかしら。誤字まみれ。誰がどのツラさげて作ったのかしら。見てやりたいわね」 このツラさげてだ! とわめいて登場するには、タイミングが悪かった。あるいはバッチリすぎた……というべきか。正直なところわしは出ていくことができなかった。天井からわしをつりさげている綱が、しっかりからみついてきたからである。二重底ならぬ二重天井になっているのであるが、狭い空間に閉じこめられてしまった。 「ねぇー、あの黒い石とっちゃえばいいんじゃないの」 「破壊行為禁止っ! 弁償させられたらどうするの!」 「違うわよ、こうすんの……召喚! ファンキー☆モンキー!」 な。な、なんですとーー!! やつら、ファンキー☆モンキーを召喚獣としてもっているというのか! それは、それは、一体どうしてだ。どうやったというのだ。 あれは召喚獣にするには特S級ランクの難物として登録されているモンスターだぞ。あれを使えばボスクラスのモンスターからもレアアイテムを盗むことができるという……ああっ、どうしてこの紐がわしにからみつくのだ。くのっくのっ! |
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「わぁーい、黒い石ゲーット!」 「なぁんだ、ちょろかったねぇ。なんだったのこの板。ちょっと、いたずらが過ぎるわよ。意味ないもの置かないで欲しい」 「いや、俺、なんか意味があったんじゃないかと思うけど……誰かが一生懸命頑張っていた、そんな気がするんだけど……」 「私、しない」 「私もしない」 「そうかなぁ、どうかなぁ……うわっ!?」 どこかをうまく蹴飛ばしたおかげでするすると紐が伸びていく。ぱかりと床が開き、わしの身体は下りていく。だが、わしの姿勢は、酔っぱらいの中年男が手にしている寿司の折り詰め……指先でちょんとつまんでつり下げられているアレと大差がなかった。天井からつり下げられ、しかも途中で止まってしまった。 生意気そうな顔をした武闘家らしき女と、こざかしそうな魔法使いの女、そして間抜けそうな戦士の男がポカーンとしてわしを見上げている。 だいぶ予定と違うが、とりあえず高笑いをした。 「ウ、ウフフフフ〜」 しまった。笑い方を間違えた。これでは未来から来た猫型ロボットではないか。 冒険者どもがひくりと頬をひきつらせる。 「やって来たな、愚かな冒険者どもよ……えーと、わたしはネオトローケン……」 おおおお、台詞が、台詞が思い出せない。怖い。沈黙が怖い。まるで新人の漫才師のように。必死に犬かきで宙を泳ぎながら間をもたせる。静寂を、静寂を続かせるわけにはいかない。ああ、どうだったっけ。なんだったっけ。わしはどうすればいいんだっけ。わしが芯までしびれたあの格好いい台詞の数々の、せめてひとつなりと口にしたいものだと夢見続けてきたのであるのに。 そう。わしは、ゲームを愛しているのだ。 だから。わしは口を開いた。 「……えー、えーと、光あるかぎり闇もまたある……わしには見えるのだ。再び何者かが闇から現れよう……。だがその時はお前は年老いて生きてはいまい。わははは………っ、ぐふっ!」 おおおおお!! ま……間違ってしまった! これではまるで、まるでじゃなく、やられキャラではないかッッ! 凍りついているわしを見上げ、冒険者たちは呆然としていた。かなり長い時間だった。だが、実際それほど長い時間ではなかった。 武闘家の女が目をぱしぱしさせて魔法使いを振り返る。 「ノア……そういえば思い出したんだけど」 「前のときね、石をゲットした後、ダンジョン、崩れなかったっけ」 そのときのわしの心を一言で言い表すなら。 「!」 であった。冒険者たちは間髪入れずに走り出す。わしは、わしも続きたいのにええいこの紐がわしを拘束し解放せず、あああ、逃げることができない! 「たぁ〜〜す〜〜け〜〜てぇぇぇぇ〜〜〜〜」 うめく我が身の呪わしさ。しかし、おお、冒険者たちは帰ってくる様子もなく……普通、ゲームや物語では哀れな老人を助けに帰ってくるはずなのだが! 最近の若い者は、性根が! 根性が! 性格が腐っておる! 無体にもわしの叫びを飲み込みながら、ダンジョンは崩壊していくのであった。 |
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白ひげトローケンの冒険 第五章 おしまい |