Rinda-Ring

Lv2−8 あんたなにふっかけてんの!




 錬金術師ラガートはたいへんタカビーな男だった。これほどタカビーな男を私は他に見たことがない。全身に満ちている「俺は大物さ」オーラ、としかいえないものにうまく対応するには私たち、ちょっと経験値が足りなさすぎた。
 違う意味で。

 ラガートは私たちをつれてとある店に入った。表には「錬金術師レアラの店」と看板が出ていた。この男はノックそこそこに扉を押し開き、当然のように私たちを中に導いた。
「ねぇねぇ、どういうことだと思うバッチョ」
「グー……ぐぎゃぎゃげげ」
 寝ていたハチをぞうきん絞りしてみたところものすごい怪音を発したので先に階段を上っていたラガートが眉間にしわを寄せて振り返った。シロウに背中を叩かれてしまった。だって、だって、無性に腹が立つんだもんこのハチがよぅ。
 錬金術師は基本的に発明を行う。つくりあげた品物を冒険者に売りつけることが彼らの生業だといえよう。いったい何が楽しいのか私にはよく分からないけど、ある種の人たちにはきっと楽しいんだろう……冒険に出たりもするんだろうか。
「しますよぅ。基本的に戦いには不向きな人たちですが……、特殊な武器を使うことができるので、そんじょそこらの冒険者たちよりむしろ強かったりもするみたいです」
 特殊な武器かぁ。
「特にあのラガートさんは、かなりの冒険者だという話ですぅ。一人でダンジョンに入っても困らない程度の強さは兼ね備えています。今のあなたたちでしたら、束になっても敵わないかもしれません」
「ふぅーん」
 それはちょっと面白くないけど、でも私たちまだイベントひとつしかこなしてないんだもんね! 仕方ない……
「ぼ、ボクを見ないで下さいッ」
 バッチョがぶるぶるしながらノアの背中に隠れた。
 二階に上り、扉が開かれた。
 そこは、薄暗いと言うべきか、ほんのり明るいと言うべきか……明るすぎず暗すぎない北向きの小部屋だった。壁にはいろいろなものがかかっている。一番多いのはドライフラワー……や、これは乾燥薬草か? 赤だの緑だの青だの、なんだかいやな予感に満ち満ちる迫力で並んでいる。籠がかけられていて、中に杖が数本さしてある。ノアが横目でチェックしているが、その目はかなり本気だ。
 真ん中にカウンターがあって、店主が座っている。
 豪奢な赤毛をツインテールにして、くるくると巻いたかわいい髪型。黒いリボンが踊るみたいな様子で結ばれている。灰色の目はきらきらと光り、私たちを興味深げに見つめている。
 錬金術師レアラだった。
「いらっしゃいませぇ! こんにちは、今日はどんなご用?」
 完璧な商業用スマイル。かわいさに目がくらみそう……なんで商業用スマイルだと分かったのかというと、実に機嫌悪そうに
「私が連れてきたのだから客なわけがあるまい、そのくらい察したらどうだ」
とラガートが言ったとき
「ハァ?」
と一言のもとに切り返した表情だった。その変化にシロウが凍りつく。レアラの顔つきはまさしくこれ挑発といった加減で、鼻の下を伸ばして口をたてに開いて眉間にしわを寄せて両手をぴらぴらふっている。
「これから客になるかも知れないなんてことも分からないのかしら、営業努力なんだからほっといてくれる、ねぇ?」
と、すぐさまシロウに向けて天使の微笑を向ける。見事な変身だった。仮面をつけ替えているとしか思えない。
「……茶だ」
「チャダ−? そんな人ここにはいないようですけどぉ」
「全員分の茶を入れてくれないか!」
「いいけど。一杯100ゴールドよ」
 いっ、と私たちは顔を見合わせた。ノアが絶妙のタイミングで
「ありがとうございます!」
とラガートに礼を言った。ラガートがなにか言おうとしたとき、

「ここにいるのは分かっているぞ、出てこいラガート!」

と扉を押し開けて誰か入ってきた。
 誰かって、もちろんそれは明らかだった。さっきの騎士、ライナー。息せき切って突入してくる。ラガートを見るとにやにやしている。追いつかれたのにこの余裕は、なに!? と不思議になったときだった。
「きゃあああ、ライナー! 私に会いに来てくれたのね! レアラ嬉しい、今日は運命の日だわっ! もう私たち結婚するしかないと思うわ!」
と黄色い声が部屋中に響いた。呆然とする私たちの前で、ライナーが恐怖に凍りつく。目をまん丸く見開いて
「れ、レアラ……しまったここは君の店……!」
「そうよう、知ってて来てくれたんでしょう! きゃあきゃあ、もうもう、仕方ないからデートしかないわもうそうに決まってるんだわもちろんオッケーよね逆らったら……私、なにするか分からない……」
 最後の一言はぽつりと吐かれたのだけど、背筋をぞっとさせる迫力があった。彼女と出会って数分すらたっていない私たちにすらなにかおどろおどろしいものを感じさせたのだ。彼女のことをよく知っているライナーが逆らう様子はなかった。
「今日はねぇ、大広場のところで弓の遠当て合戦をやってるのよぅ、ライナー、私のために優勝してくれるわよね、ね、きゃあ嬉しい!」
 見事に自己本位な言葉とともに蒼白になったライナーはずるずる引きずられて行った。お、おぼえてろラガート! とその口は動いていた。
 視線をやるとラガートは腹の中が踊っているのに必死に耐えているような嬉しげな様子で片眼鏡を押さえていた。
「こうなるの分かっててこの店を選んだのね……」
 ノアが言った。
「あ、悪辣……」
 シロウが呟いた。
「悪辣、結構。なんとでもいうがいい……そこの戦士」
「はい?」
「君は実に茶を入れるのが上手そうな顔をしている。隠さなくてもいい、そこに道具がある。思う様実力を発揮してくれたまえ」
「は、はい」
 なんでそこで真面目に茶を入れにいく! そしてなんで当然のように椅子に座る、錬金術師! 私たちも椅子に座った。……可愛い赤くて丸いテーブルに、椅子は四脚。
 やがてシロウはぽかぽかといい匂いのする茶を持ってきた。



■ ■ ■ ■



「さて、商談に入りたい」
 茶を堪能したラガートが切り出した。足がテーブルの中に収まりきらないらしく、横向きに座って足を組んでいる。
「は?」
 問い返す。なにがいきなり商談なわけ。
 するとラガートはパン、とテーブルを叩いて手の平を上向け、薬指と小指だけ折り曲げた手でシロウを指した。
「あの騎士が怒鳴り込んできたとき、君は持っていた……花を抱く光の女神像を。しかも、完全体だ」
「は……?」
 ラガートは眉にしわを寄せた。
「知らないのか。女神像について」
 うなづいた。だって、知らないもんねぇ……。
「知らないのにどうして女神像を持っている?」
「だって、ダンジョンクリアーしたら手に入ったんだもの」
「女神像を手に入れるようなダンジョンをクリアーできるのに、どうして知らない」
「まだダンジョンひとつめだし、ねぇ」
 私たちがうなづき合っているのを見てラガートは顔をしかめた。
「一つ目で……、女神像を手に入れたのか。奇跡だな。なんという悪運の強い奴らだ」
 ラガートは私の頭の上にいるバッチョを見た。そしてため息をついた。
「説明してやろう。女神像とは、この世に七つある、神秘の具現だ。世界の果てで魔王を封印している『聖なるもの』、朝を知らぬ都でこの世で一番美しい女が所有している『甘美なる声』、死者たちの王が持つという『銀の祈り』、そしてはじまりの魔女の生まれた故郷にあるという『失われし時間』、至福の王が忠臣に下賜した『迷いいずる夢』……これは翠の女神像ともいう。あとは、まぁ、おいておこう。世の中にはいろいろな女神像があるが、本物として私が追い求めているのは七つしかない。君たちが持っているのは、本物ではないだろうか。私は長い、長い間女神像を追い求めてきた人間だ、真贋くらいは分かる」
 女神像……がこの世にいっぱいあるのは分かった。
「女神像、集めるとどうなるわけ?」
 きかずにはおれなかった。だって、私たちが持ってるのって、今の説明の中にあった『失われし時間』じゃないか。いや、そうに決まってる。絶対絶対絶対そうだ。だってはじまりの魔女、て言った。
 私たちは彼女のことを知ってるもんね。
「それは君たちには関係なかろう」
「ありますから」
 ノアが「鉄壁」としか言えない切り返しを行った。
「………女神像は、善神と悪神が作り出したチェスの駒だ。すべてを集めた者は神の奇跡を見ることができるという。それ以上のことは私も知らない」
 ラガートはしぶしぶ語ったが、なんとなく全部本当のことを言っていない感じがした。ノアを見ると、ノアもそう思っているみたい。
「話はこのくらいでよかろう。君たちの女神像を見せてもらいたい」

 シロウはテーブルの上に女神像を置いた。
 話を聞いたせいか、女神像の輝きが五割くらい増したように見える。花を抱く女神像、失われた時間。確かに……「平和だった時間は失われた」、そういう話だったもんね、あのイベント。
 ラガートはうっとりと女神像を見ている。手を伸ばしそうになりつつそれに必死に耐えているようだ。ああ、この人が知ったら怒るに違いない、私たちこの女神像を重石に使ったりとかしてたんだよねぇ。ちょうどいいのがなかったときとか。
「………いくらで売る?」
 ラガートが尋ねてきた。押し殺した声に覚悟が感じられる。売らないとか言ったら首を絞められそうだ。この人には女神像が「私は本物ララララ♪」て歌ってるように見えるんだろうなぁ。
「いくらといっても、ねぇ」
 シロウを見ると考え込んでいる。
「そんなに欲しいんだったら……」
 ただで、と言いかけたシロウの口に、ノアが杖をつっこんだ。シロウは驚きふためいて身を退いた。
「なにすんだよ!」
「シロウトはだまってなさい」
 ………シロウとシロウトをかけたシャレではなさそうだった。ノアはテーブルに両手をついた。
「あなたは、おいくらくらいなら出せるんですか?」
 ラガートはノアのゆっくりした言葉遣いにに何か感じるところがあったらしい。注意深げに遠くを見る目つきをし、しばらく考え込んだ。
「千ゴールド。君たちには破格の値だと思うが」
 千ですって! 私は目がキラキラしてしまった。道具屋に持っていってもそんなに高く売れるはずないと思ってた。いいとこ三百くらい? 私たちにはきっと貧乏神がとりついているに違いないと信じてた。だって、だってそういやシロウの呪いを解くために暗黒神殿に行くのすっかり忘れてるくらいだし! これで無事に呪いも解けるかもしれないわぁ! と考えたときだった。

「千……じゃちょっと、足りないですね。その五倍からなら考えてさしあげます」

 もったいぶった口調でノアが言い放った。
 あ、あんたなにふっかけてんの!!



■ ■ ■ ■

next?