Rinda-Ring

Lv2−9 僕の、出番のようだ……




 女神像は完全体だと、ラガートは言った。
 それはつまり、完全ではない女神像もあるという意味だった。私たちはイベントをちくちくクリアーしたから、女神像は全ての色の花を抱いている。そして最後の魂と呼ぶべきものもふきこまれた。だからこの女神像は完全体なのだ。
 非完全体の女神像はそこらの冒険者がいくらでも抱えていたりする。早く完全体にしなければ、女神像は壊れてしまったりとかするみたい。完全でない女神像など、商談の対象にはならない。
 ラガートは銀の髪をかき上げた。
 その顔つきに一本の筋が通る。

「五千ゴールドというのは、その像のもつ価値以上の値段だ」
「私はそんなことないと思います。むしろ、譲歩してさしあげてるくらいだわ。ほんとは一万ゴールドって言おうと思ったけど、仲間に怒られるかも知れないから」
 ……怒る怒らないを超えて口がぽっかり空いたままです。
 うーんうーん、でも、タダであげるのはしゃくだし、私としては五百くらいかなっと計算してたんだけど……計算と言うべきか目算と言うべきか。
「話にならない! 君たちのレベルはいくらだ? まだ上級職にもなっているまい? そこまでの金はまだ必要ではないはずだ」
「いらなくても貯めておけば良いんです。お金はいくらあっても困らないわ」
 ノアはにこにこ微笑んでひとりうなづいた。確かにお金はいくらあっても困らない……。宿屋に泊まりたいし、装備も整えたいし、シロウの呪いは一体どうすればいいのかって話、あと新しいノアの魔法を買う、というのも必要なのよね。
 魔法には属性がある。炎とか氷とか。最初に覚えている魔法は、一種類だけ。ノアはファイアー系をもってたわけだけど、フリーズ系の魔法も持っておくに越したことはない。炎の魔法が全然効かない敵だってこの世には存在するわけだから。うーん、魔法は買うと言うより学校に行って勉強するといった方がいいかも? フリーズ系を買うのにはいくらかかるんだろうなー。
 と、悩んでいる場合じゃない。
 目の前で繰り広げられているノアとラガート氏の舌戦がなかなか見物というか堂々巡りというか意地の張り合いというか。
「正しいアイテムの価値を知らない者が、好き勝手なことを言うな」
「価値なんて知らなくても結構。一ゴールドもまかりませんから」
 シロウはお茶を飲んでいる。
 私もお茶を飲んでいる。
 ほこほこと湯気立つ器がいかにも平和を醸しだしているのが皮肉。私とシロウは落ち着いて現状を眺めていた。もう、なるようになれだわ。

「千五百。これ以上の金は出せない」
「それじゃあここで商談決裂、ということになりますね。サラ、シロウ、それじゃああの騎士のライナーさんのところに行きましょうか」
「え!? なんでよ」
 ノアは機嫌の悪そうなラガートとは対照的に、目をきらきらさせながら怖い笑みを浮かべている。しかしなんでここでライナーの名前が……今追いかけてったらレアラにめちゃくちゃうらまれたりなんかしないだろうか。
「彼だったらこの女神像、買ってくれるんじゃないかしら。どうしてもこのラガートさんとお話がしたいみたいだったし、好都合な話し合いのための材料があったら、飛びついてくるかもね」
 ラガートの顔色が変わった。
「なにを言っている……! あの騎士は、貧乏だぞ。お前たちが提示する金額を出せるとは到底思えない」
「聖書にこういう言葉がありましたよね。『本当にはっきりとあなた方に言う。この貧しいやもめは、宝物庫に差し出しているすべての人たちよりも多くを差し出したのだ。彼らはみな自分のあり余る中から差し出したが、彼女は、その乏しい中から,彼女が生活のために持っていたものすべてを差し出したからだ』」
 この女聖書を暗記してるのか? とラガートはまず眉間にしわを寄せた。そして次にノアの言っていることを理解し、渋面を作った。
 ノアは、ライナーだったら乏しい財布の中身の全て十ゴールドだとしても、女神像を渡しかねない。全てはラガートへの嫌がらせのためだけだ。な、なんてやな女だろう。友達ながらちょっと怖い。
 錬金術師ラガートはたいへんタカビーな男だ。これほどタカビーな男を私は他に見たことがない。全身に満ちている「俺は大物さ」オーラ、としかいえないものにうまく対応するには私たち、ちょっと経験値が足りなさすぎた。
 違う意味で。
 たぶんこの人、こんなにつっかかってくる初心者パーティを見たのは初めてではないだろうか。すみません、うちにもタカビーな魔法使いがいて……。

 
 ラガートはくるりと私を振り返った。
 そしてなんだかいやに爽やかな笑みを浮かべて近づいてくる。
「な」
「これはつまらないものだが、もらってくれ」
 ポケットからするりと取り出されたのは、濃い青色をしたリボンだった。なんだろこの人怖い趣味でもあるんだろうかと眉をひそめたところ、手首をつかまれてそのリボンを結んでもらってしまった。
「なんですかこれは」
「格闘家のブルーリボンだ。強さそのものは変化しないが……、格好よく動くことができるようになる。ちょっと蹴りでも入れて見ろ」
 疑心暗鬼のまま、ちょっと体を動かした。
 両手を握り、正拳突き。続いて、左足で踏ん張って右足で蹴り。空気を蹴る感触がそれまでと違う。なんだか体が軽くて、どこまでも飛んでいけそう。シロウとノアが歓声を上げてくれる。おお拍手をありがとう!
 今の私だったらあの伝説の技「オープニングの最後に敵と跳び蹴りで交差」てぇのもできるんじゃないかなっ! もしくは、あの百烈爆弾流星乱舞? なんか名前が違う気がするけどあれもできそう!
「気のせいだ」
 私が盛り上がっているのが分かったらしくラガートは冷静に言い放った。
「それは単にうまく動くことができるだけのアイテムだ。うまく蹴りを入れたように見えても、レベル以上の攻撃ができるわけではない。知り合いの武闘家に頼まれてつくったものだ。その他装備の一つで、リンダポイントを上げるような要素もない。
 実に実につまらないものだが君にもらって欲しい」
 肩をぽんと叩かれて向き直った。
「ノア、この人いい人だよ、女神像代まけてあげようよ」
 瞬時に敵側に立った私を見てノアは目をつり上げた。
 続いてシロウに話しかけようとしたラガートの先手をきって、シロウの腕を掴む。ぎりぎりと細い指に強烈な力を込めて。
「あなたはあんな卑怯な買収によろめいたりしないわよね?」
 静かに静かに威圧する。シロウに首を縦に振る以外の選択肢は存在しなかった。



■ ■ ■ ■



「四千八百! 私たちも道楽じゃないんですから、これ以上はまかりません!」
「二百程度つり下げたくらいで何を偉そうに。君たちはそもそもアイテムの値段という者が分かっていない、といっている! これをもし道具屋に持っていっても、おそらく八百ゴールド程度の値段しかつけられないだろう。見る目を持つ者がちゃんと評価しなければ、こんな像などその程度の値段しか付けられない。そこを千で買ってやろうと言っているのに、何を誤解して騒いでいるのだ!」
「誤解で結構。高く売れるなら高く高く売った方がいいでしょうが。私、貧乏なんてダイキライ! これを売ったら絶対新しい杖を買ってローブも買いなおして帽子も欲しいし宝石アイテムだって買いたいの!」
 ノアさん。それはたぶん五千じゃ足りないということ……?
「うわーんラガートさんこの女なんとかして下さい!」
 泣きつくとラガートは居丈高に言い放った。
「仲間も泣いている! さっさと改心しろ!」
「だからなんだってのよ! 涙は心の汗よ、泣けば泣くほど極まるのが芸の道よ、あんたたちちょっと覚悟が足りないのよ!」
「…………」
 シロウの肩に乗ったモンタがいわく言い難い表情をした。いつもいわく言い難いんだけどね、今回は特にね。しかしヒートアップしたノアを止められる者がこの世にあるだろうか。いや……どうすればいいんだろう。

「僕の、出番のようだ……」
 おお!? 私の頭の上ですっかり邪魔っけなオプションと化していたハチが、今立ち上がった。ちょっとニヒルな横顔に、苦い笑みをたたえて、ゆっくりゆっくりと飛んでいく。
 私は見守ることしかできなかった。

 バッチョはノアの肩に乗った。
「あんた、ワガママも程々にしておきなよ……」
 ノアはふんと鼻息を飛ばす。
「なにしに来たの」
 ああんこの子全然バッチョの取りなしを受け入れる気配すらない! というかこのハチどうしたんだろう。なんか、混乱魔法にでもかかってるんだろうか。
「女神像に関してこの男は嘘は言ってないぜ……五千はちょっとふっかけすぎたな。三千程度にしておけばいいのさ」
「三千じゃ杖しか買えないじゃないの」
 三千、あんたが全部使うんかい。
 なんてツッコミは山の底辺をちょっぴり削る程度のことでしかない。バッチョはニヒルな笑みを浮かべて首を振った。
「大人になりな、お嬢ちゃ……フンギャッ」
 ノアはとがった人差し指をバッチョの鼻のあたりに突撃させた。あ、あれは痛かろうー。
「何が言いたいの?」
「い、いやその……そちらのラガートさんにぃ、新しい情報をー」
 バッチョの口調が元に戻ってしまった……。
「新しい情報ってなぁに」
「この女神像が手に入るダンジョン、しばらくの間閉鎖されるそうですよ」
 そのときのラガートの表情。かなりの傑作だった。
「な、な、なんだ……その情報は!」
「新しい情報でゲス。いや〜、あのダンジョンちょっと中身とかシナリオとか変更するらしくって、しばらく挑戦できないことになってるんですよ。ほら、あのイベントは『不眠姫』製でしたでしょ。彼女凝り性だからぁ〜」
「不眠姫……」
て誰だ。なんて、訊ける場面ではなかった。
「あんたこの女神像買えなかったら次いつ手に入るか分からないよ〜。完全体だよ、これ。ぴっちぴちの完全体! なかなか手に入らないよ! 三千ゴールドもこの人たちに対する投資と思えば安いもんですぜ。
 だってほら、この人たち超運がいいんですよ。たぶん、次もまた順調に女神像を手に入れるんじゃないかナァ〜。そしたらお世話になった人にまた売りたくなるのが人情ってもんでしょ?」
 ラガートが考え込んだ。
 ノアも、考え込んだ。

 しかし思う……、このハチ、役に立たないというか、実は特殊場面に役立ってるような気がしてならない。例えば、教会にお布施を渡すときとか。ちょっと特殊な駆け引き場面になると表に出てくるような。
 カンナは初心者向けの観光案内とか冒険者の心得。そしてモンタは中級者向けのアドバイス。そして、バッチョは駆け引き担当。
 それにしても思う。
 私のナビだけ、イロモノぽいよ。



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参考サイト:電網聖書