Rinda-Ring

Lv2−10 誓いを受理いたします




 ラガートは長い間考え込んでいた。しんとする、重い空気。私たちは固唾をのんで見守っていた。
 やがてラガートはふぅ、とため息をついて髪をかき上げた。
「……よかろう、買ってやる。お前の言い値でな」
 お、おお!?
 しかも言い値ですって!? 私たちは顔を見合わせた。
「ほんとに!」
「絶対!? お釣り返せとか言わない!?」
 勢いづいて確かめるとラガートはいやそうな顔をした。
「一度出すと言ったものをひっこめはしない。
……五千ゴールド出してやろう」
 そして彼は言葉通り、ふところから財布を出した。
 この世界紙幣はあるんだろうか。一応、みたことない。金貨! 金貨ですよ。財布からじゃらじゃらと。この人、すごい金持ちだな……いったいいくら持ってるのか、ちょっと分からなかった。
 そして一枚で500ゴールドの価値がある金貨が10枚、白い袋に入れられて渡された。
「わあぁ!」
「ただし」
 びしっと指をさされて私たちは固まった。
 すっかり金に踊らされています。
「五千は、すべてが女神像の代金ではない。お前たちがこれから先女神像を手に入れたら、ぜったい、必ずこの私に売るという、そのための金だ。分かるな」
 分からないといったら刺されそうだ。
「そして、私の指示するイベントを消化する義務も発生する。たとえもっと実入りの良いイベントがあったとしても指示があれば必ず従う。女神像を手に入れるためにこなさねばならないイベントがいくつか明らかになっているのだ。お前たちは必ずイベントをこなし、女神像を手に入れる。そしてすべて私に売る。
 ……そう誓え。神に」
「はぁい! 言うとおりにしまっす!」

 手を上げたときだった。ぴかっと視界が光り、なにかいわく言い難い……不思議な声が空から響いてきた。

「誓いを受理いたします」

 聞き覚えのある声。この声は……リンダ!? 間違いない、ゲームを始めたときにあった巨大な女性は確かにこんな声をしてた。いや、懐かしいなあー、て感慨にふけってる場合じゃ、ないような気が!?
「ああ、誓いが発生しましたー!」
 カンナがあわあわしながら言った。
「誓いって、誓いって、そんなゴキブリみたいにふってわくものなの!?」
「神に誓ったなら絶対に破ってはいけないです。ラガートさんは誓いの儀式を今行ったんですよ、そしてあなたはそれに応じましたー。誓ったことがらを果たせなかったら、リンダポイントがプラス10ポイントとなりますぅ……シロウさんの呪いくらい大変なことになると思います」
 あ、あわわわわ。
「なにを慌てている……」
 ラガートが私の顔をのぞき込んできた。ものっそい嫌味な笑みをたたえて。
「誓いを破らなければいいのだろうが。私に女神像を献上すればいい。馬車馬のように働くがいい、冒険者」
「…………」
 なんだかすごく嬉しそうだけど。なんだかものすごく悔しいけれど。仕方がない、この世界ほんとなにが起こるか分からないよ。誓いが勝手にあんなふうに発生するなんて。
 誓いというのは錬金術師のスキル(?)のようなもので、おいそれと発生させたりできるもんじゃないらしい。そりゃそうだ。そうだったら私なんに使おうと考えたら、悪用しか思いつかないもんね。たとえば……ま、そりゃいいや。



■ ■ ■ ■



 そして、私たちは五千ゴールドを手に入れた!
「わーい、やったぁぁ!」
「これで買い物に行こうよ! ようやく色々見に行くことができるんだねぇー!」
「お、俺の呪いも早くなんとか……」
 ラガートがシロウに刺さった矢をちらりと見、目を大きくした。
「これは見事に呪われたな。あぁ、もしかしてお前たちは呪いの解き方を調べに行くのか?」
「そうよ。あ、もしかして呪いの解き方、知らない!?」
 するとラガートは私たちでなく、私の頭の上にいるバッチョを見た。
「教えても良いのか?」
「プヒー。なんでも教えてやって下さいよ旦那ァ。こいつらなんだって信じちゃいますぜ〜」
「うろんなことを言うな!」
 てっぺんから平手でばしりと押しつぶした。ら、下にあるのは私の頭。自分で自分の頭を殴ってしまい、めちゃくちゃ痛かった。

「だったら言うが。呪いを解く方法はいくつかある。見たところその呪いはレベル3以下ではあるまい……自分が信仰する神の神殿に行き、呪いを解く手続きをしろ。ただではないが、それが一番楽な方法だ」
 ああ。トルデッテに来る途中出会った二人組、アンジェさんとランドさんも似たようなこと言ってたなぁ。
「暗黒信仰って生き返るのただなんでしょ! 呪いを解くのもタダだったりしない!?」
 ラガートはうっそりと首を振った。
「逆だ。おそらく今渡した金がふっとぶだろう」
 見るとノアが五千ゴールドの入った袋を抱え込んだ。
 きっ! と睨んだ様子を見てシロウが肩を落とした。
「えっと、楽じゃない方法もあるんでしょうか?」
 シロウが尋ねた。
「ある。呪いを解く力を持った拝み屋に依頼することだ」
 拝み屋……
「神職系の職業の中でも、呪いを解く力は変わっていてな。特殊なスキルののばし方をしなければ、呪いをとく力は身につかない。だから、その力を身につけさえすればウハウハ生活が待っている、というわけだが」
 ウハウハ生活……
「トルデッテには拝み屋はいないな。拝み屋でなくても『聖人』『聖女』認定された人物でも特別に呪いを解く力が付与されるらしいが……そんな人物がトルデッテにいるはずもなし」
「そういう人物だったら、どこにいるっての!」
「王都や、エルフの集落や。もっと神秘性の高い場所にいるに決まってるだろう。その方法でもどんな報酬を請求されるかは分からない。値を付けるのは本人だからな。あるいはアイテムを求められるかもしれないな。だが、呪いをもったままでは冒険することもままならないだろう。彼らの注意を引くだけの価値あるアイテムを手に入れられる可能性は低いだろうな。まぁ、この女神像ならちょっとは気が引けたかも知れないが……」
 ラガートから女神像を取り返すことと、ノアから金袋を取り返すことは、おんなじくらい難しいことだったろう。
 ああでももしかしたら神殿に女神像持ってって、この代わりにシロウの呪い解いてくれって頼んだらなんとかなったのかも!? それに対して今の状況、女神像の代わりに誓いが発生して、すごくいい取引だと思ったけど、実際はそれほどのことじゃなかったのかも……?
 い、いややや、そんなことはない。たぶん。
 て、そういえば……
「………ああっ。私たち、この町から出ることも難しいんじゃない!?」
 今気づいた。そ、そりゃそうだ。来るのあんなに大変だったのに、出るのが簡単にいくはずないじゃないか。
「あと、破邪の法力を覚えた僧侶が、呪いが解かれるまで破邪を繰り返すのもいいかもしれないな。たぶん……千回に一度といった頻度でラッキーが起こるだろう」
 待ってられるもんか! なにそれ、千回て。……たぶんシロウの呪いが深刻だって意味なんだろうけど。
「あと。方法。王族・貴族関係のイベントを解決することだ。そういうイベントのラストには必ず、最後に『なにかお礼をさせてくれ』と言われる。そのときに『呪いをといてくれ』と言えばいい。
 この町にも今、イベントが発生しているな」
「それ、あの騎士の人が探してたお嬢様のことでしょ?」
 ノアが口を挟むと、ラガートは返事をしなかった。だがそっぽを向いた加減でノアの言葉が正しいことが分かった。
「あなたがアリーゼさんを隠したって、彼は言ってたわよね。どういうことなの! アリーゼさんはどこに行ったのか、教えてくれない!?」

 すると錬金術師はおもむろに首を傾げ、あかんべをした。

「喋りすぎたようだ。ひとまず帰ることにする。トルデッテで起こったイベントはトルデッテで終わる……それが最後に言ってやれることだ。では女神像を手に入れるために粉骨砕身、頑張るがいい」

 粉骨砕身……と呟きながらシロウを見ると、砕かないでくれー! と自分の殻に閉じこもりかけた。
 うーーむ……。



■ ■ ■ ■

next?