「さて、活動開始するか!」
と声を上げるに相応しい時期。それは、やっぱり朝だろう。
さわやかな日の光を浴びながら、うーんとのびをしながら、今日一日なにをすべきかのんびり考えたりして。リンゴなんか、かじったりして。
「サラ、君が囓ろうとしてるのは、俺のハムスターだから!!」
止められてしまった。しかも、慌てて取り返されてしまった。
……手乗りハムスター、可愛かったのに。
「誰も本気で囓ろうとなんかしてないっ! なにを本気で震えてるのよモンタ!」
「……………………」
モンタは顔面蒼白になってぷるぷる震えている。シロウに取り返され、その手の中でぴくりともしない。
「おびえてるじゃないか!」
「私だって震えてるよ、ほら見てよこの涙目っ」
「嘘だ嘘だー!」
「あぅ、うるさいのう下々の民は。
騒がずに行動を起こすということができぬのかや?」
シロウの背負っているツボの中にすっぽり入っている姫様は、あくびをしながらそんなことを言い、そしてまたうつらうつらと眠りに入ってしまった。
さっき、お姫様のお口に合うキャンデーを召し上がっていただいたばかりである。
そのお値段、一粒100ゴールド。
身長が三百メートル伸びるかと思ったわ!!!
しかしそのことで姫様に文句を言っても、それはそれはもう…………うん、無駄だった。これでも譲歩してるんだから、そなたらはわらわにキャンデーをくれるがよかろうときたもんだ。くれるがよかろう。くれるがよかろう……その言語センス、思い出す度にハムスターを噛みたくなる。
それはともかく。
活動開始の時間。私たちは誘拐団なんだから、相応しい時間はもちろん、夜である。姫様捜索隊が城下町をうろうろしているから、日が落ちるまではろくに動くこともできなかった。
しかし、空にはもう月が出ている。
城下町はすっかり夜もようだった。
真夜中になっても、人がいなくなることはない。ううん、むしろ増えてるかも? お城とは何の関係もない冒険者たちが、楽しそうに宿屋に入っていくのを見ると自分たちの境遇が少し悲しくなったり苦しくなったり。な、なんでこんな人生裏街道いつしか直進してるの私たち?
お城からの追っ手が来るのは、なぜか昼だけ。夜は自由に城下町をうろうろできる。ただし、大通りはダメ。基本は裏通りね。
あと、教会にも立ち入ることができない。暗黒教会ならいいんだけど、現在の私たちはお尋ね者だ。教会が私たちを守ってくれることは、ない。つきだすことはあっても。
と、カンナが説明してくれた。
つまり私とノアはこの冒険で死ぬことあらば、前にセーブした場所まで戻っちゃうということだ。ということは麗しのトルデッテにカムバックなのね。うん、それ、勘弁。
「とりあえず、路銀よね。
……そうだ。
イベントに参加するのはいいけど、もしかして私たち目的地が分かってなくない!?」
なんて根本的なことに気づいてしまった。
「ノア! ノア、大変だよ。私たちは次にどこに行けばいいの」
「うーんと、別に大変じゃないわよ」
「ええっ、そんなぁ。なんで!?」
「だって分かってるもの、私」
「ええっ、そんなぁ。なんで!?」
「……頭を使ってるから?」
「ええっ、そんなぁ。じゃあ私は!?」
「……使ってないんじゃないの?」
いくら友達だからって……そんなあっさり、ひどい。
「えー、俺も分かんないけどな。なんでノアは分かってるんだ?」
「今までの情報を整理したら、出てくる結論です」
「……ほんとに?」
シロウも分かってなくて、良かった。
「イベント情報見ればいいじゃない」
「この姫様の口調しか覚えてないけど……うーん」
「二人とも、地図出してみてよ」
と言われてシロウは地図を出した。
私も地図を……
……て、私の地図は、盗まれたんだった。
地図を取り出そうとしたとき、間違えて違うものを出してしまった。その私の暗い表情を見て二人は敏に察したらしい。慌ててフォローしてくれようとしたけど……
「ふふ、ふふ。私ったら冒険者のくせに地図もないなんてお笑いよね……。もう、虫とたわむれてるしかないわよね……」
「あ、それ、ヒント虫」
私の手の中にあったのは、大昔に買ったヒント虫三匹入りだ。瓶の蓋を開けると、虫がぷぃ〜んと羽音を立てて飛び立っていった。もっと元気にはつらつと飛んでいけばいいのに、やる気なさげに力なくといった風情だ。そして、
「地図、よく見てみなよ……」
とヒントを残していった。
「……ごめん、無駄遣いしちゃった」
「いいの。じゃあ、私の地図見て? この前教会に限定解除して貰ったから、色々と地名が増えてたわよね」
はじまりの町ギムダ、スライム屋敷、トルデッテ町、ゴースト屋敷はクリアーしたせいか色が変わってる。そして、月の落ちる町マリスラ、砂漠に続く橋(閉鎖中)、北の関所(閉鎖中)、虹色の谷……虹色の谷!? |
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「竜の巣に潜り込み、色の違う卵を盗んできてたもれ」
(推奨レベル?)
その谷があるのは、虹の谷。奥に眠る蒼い竜ガルディエントは聖なる瞳を持つといいます。その目に射抜かれた者は、己の邪悪さに絶望して死ぬ、と。その巣の中にある「色の違う卵」をもってきてください。
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「ちょっと違うけど、でもこれって」
「たぶん目的地だと思うわ。シロウはどう思う?」
「ああ、俺もそう思う」
虹色の谷。
それはこの城下町から、東の方向にある。それほど遠くはないけど、のんびりしてられる距離じゃない。途中でほこらがある、川もある……川かぁ、なんかイヤな予感。
いやいや、そんな予感なんて気にしてたら実現しちゃう!
「装備、装備変えた方がいいよね?!」
なんてったって、竜だし。
「うーんどうかしら。私たちこの前装備変えたばかりだし……それに、この旅は短期決戦で行かないといけないのよ。そういう余裕はないわ。
買うべきなのは、薬草、そしてキャンデーよ」
「……………………」
「……………………」
できればシロウくんの背負っているツボを、叩いたり、埋めたり、流したりしたい……そんな考えに囚われるのは、いけないことでしょうか。
いいえいけないサラ。これだから私、らんぼうものだと思われるのよ。
シロウもぶんぶん首を振ってる。
ノアも、杖を眺めている。……いやこの子は「なんて綺麗なの」って見とれてる可能性があるけど。
こんな状況で、竜に向かってテイク・オフする日が来るとは……思わなかった。
「落ち込まないで。売れるものは、全部売るのよ。
今回の旅は身軽にスピーディに!!」
「おー」
「おー」
「元気ないっ! そんなことで宝石が手に入ると思ってるの!? 命に代えても、竜の守る宝石をいただくのよっっ!!」
燃えてる。ノアが燃えてる。
そしてノアは、その手にこの前のイベントで手に入れた思い出の品であり金のニワトリである、女神像をしっかと握りしめていた。
翠の女神像。
「これも売るから」
「えええ。思い出が、メモリアルが」
「思い出は、あなたの心の中に。……ってこれ、前も言った!!」 |