イベント2 淑女は眠る、イバラの中


2−15 くしゃみを止めること三回



 魔術師ジャン。
 邪のオパール団の一員で、アリーゼ姫を誘拐しようとした犯人だ。主犯かどうかは知らないけど。たぶん主犯はあのシャーリーて女と思うんだけど。
 つーかオパール団、メンバーはあの肉体醜兄弟とシャーリーとイノシシに似てると評判の、ジャンの四人なのかな。なんかびっみょーな感じだよね。戦士が二人と魔法使い二人かぁ……。
 うちみたいに攻撃力に偏ったメンツかもしれない。

「んじゃ、入る?」

 シロウは私たちを見てにっこりした。
「俺、後衛に徹するよ」
「何言ってんの? あんたか弱い私たちに前行かせようっての。それどういう了見? 呪いだけじゃ飽きたらず私たちの恨みまで引き受けるつもりなの?」
「ちょっとそれはアナタ生き様的にどうかな、て思うわ。私はいいんだけどほら、ノアって繊細な魔法使いじゃない? 扉あけて、もしそこにモンスターが居たらどうする? そして先制攻撃受けて、ノアが一撃で倒れちゃったら?
 それでもシロウ、罪悪感ももたないっていうの?」
「ひどい……なんてひとだろう」
「泣かないでノア。大丈夫、シロウならきっと分かってくれるわ」


 凄いのは君たちの茶番だろ!! とシロウは大声をあげてやけくそみたいに扉を開けた。
 魔術師の館、だよ。中にどんなトラップがしかけてあるか分からない。
 私たちはゴクリとのどを鳴らして、ぎぎ〜い、と音を立てる扉の隙間から中をのぞき見た。
「スケルトンとかゾンビが出ても、シロウ……がんばるのよ」
「やややめてくれー」
 この子怖いものが苦手なんだよねぇ。ノアは両生類が。私は虫系とスライム系があまり嬉しくない感じ。
 中は、趣味の良い……というか、少女趣味が炸裂していた。細かい花柄の描かれた壁紙。ミュシャ風の女神の描かれた絵。壁にはドライフラワーが下げてある。
 扉を開けると眼前は壁、左右に廊下が広がっていて、それは左から右に下り坂になっていた。
 右を見ても、左を見ても、印象の違わない廊下。花柄絨毯を踏む者は、私たち以外いない。
「おじゃましま〜す……」
 おそるおそる全員入り込んだ。ノアがマップウィンドウを立ち上げる。私たちがいるのは入り口、けどここ、そんな広い館とは思えない。天井は低いし廊下も狭い。ただどこまでつづいてるんだろう。そしてこの傾斜はなに?



* * * * * * *



 とりあえず、右か左かに進んで行かねばならない。
「右と思う人ー」
「………」
「左と思う人ー」
「…………うーんと、左に上っていくか、右に下っていくか……よね。どっちかというと上っていくのより下っていくほうが楽ではあるけど。ヴィクトリア、あなたどう思……」
 ノアは胸に抱いた猫に語りかける。
 しーんとしてしまった。ヴィクトリア、居眠りしている。あんた石になってた間好きなだけ寝てたんじゃないのか。揺り起こしても「ムニャムニャ……もう食べられないニャー」なんて可愛くもベタなことをいうので、ノアは荷物の中に猫を忍ばせた。
 アイテム欄に「しろいねこ」とある。アイテムか……ほんとこれアイテムなのか。

「なんかさー」
 下っていきながらシロウが切り出した。
「こういう狭い洞窟で下っていくシーン、なにかの映画で観たよ」
「…………」
「岩がゴロゴローって」
「言うな!」
 少女趣味な廊下は、円状になっている。より正確にいうと、ドーナツ状か……。入り口は南の外側の扉。ぐるりと回って、ずっと下っているはずなのに、なぜか一回りするともとの高さに戻っている……。途中で上ってるのか? うーん……分からないけどさすが魔術師の館ね! てことで軽く納得したいと思う。
 そしてドーナツ状になった廊下には、外側の輪郭、東西南北に四つの扉がある。そして内側の輪郭には、東と西に扉がある。内側の扉は緑色、外側の扉はオレンジ色。
 マップにするとこんな感じかなぁ……ドーナツじゃなくて四角く表現されてるけど、許してね。


 この館、塔といった方がいいだろう。中央に空間があって、そこに行く扉は緑色の二つ。外側には外殻があって、赤い部屋が北、東、西に三つ。そこに至る扉も三つ。
 水色の廊下をくるくる回ってく。
 かたっぱしから扉を開けていけばいいじゃないか、と普通思う。
 でもそうはいかなかった。
「とりあえず開けてみないとはじまらないしー、えいやーーー!!」
とシロウを突き飛ばし、内側の東の扉を開けていただいたところ、

「…………!!」

 全員沈黙した。
 そこには壁があったのだ。扉の向こうに壁。それ、扉の意味ある!? と怒ってノアに訴えようとすると、ノアは眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
「あ、これ」
 壁の下の方に、紙が貼ってあった。そこには

「くしゃみをとめること三回」

て。書いてあった。
 全員重苦しい沈黙につつまれた。



* * * * * * *



 東外側の扉は、鍵がかかっていて開かなかった。
 うーんと、マップを確認すると、外殻の扉は部屋につながってるのよね。内側の扉は中央の空間につながっている。となると、ボスがいそうなのって、なんとなく内側っぽくない? 言うと特に異議は出なかった。
 東側から北側へ移動する。
 そこにも外と内に扉があると思いきや……、違った。
 ちょっとそこはさておき西側を調べたけれど、そちらも内側の扉は開いた。「くしゃみをとめること三回」という紙が貼ってあるのは同様。東と西は似たような感じで、で、北側だけど。
 「内側の扉」はなかった。マップでベージュ色になってる部分ね。
 そこには、おっきな顔の像があったのである。なんというか、イノシシに似た男の顔が壁いっぱいにでんと大きく飾られていた。
「趣味悪」
とノアは吐き捨てて目をそらした。
 男の顔は目を閉じて瞑想しているみたいな感じ。そしてここの外側の扉も、鍵が閉まってて開かない。

 外側の扉は全部鍵が閉まってて、内側の扉は壁。
 ヒントは「くしゃみを止めること三回」……これヒントか?
 そして馬鹿馬鹿しいデカイ顔。

「……………」
「……………」
「…………なんか分かった人手を挙げてー!!」

 今、全員の心は一つになり、誰一人手を挙げなかった。ノアは眉間のしわ、シロウはげんなりした顔。私は、私だってぜったいやだ。
 くしゃみってあれでしょ、ていうかこのデカイ顔みたら、小学生の男子とか絶対やるでしょ。確実にやるでしょ。口に手つっこんだりとか、鼻に指つっこんだりとか鼻に指つっこんだりとか。
 ああそうよ、鼻に指つっこんだりとか!
「いや、私」
「俺だっていやだよ!」
「私もぜっったい、いや」
 ……かといってずっと言い合っていてもイベントはクリアーできない。指入れたからってクリアーできるとは限らないけど。でも、やれることはやるべきなわけで。
 で。
「じゃーんけーーん……」
 で、負けちゃったりするわけで。しかもチョキで。
 私はうとましくその指二本を見つめた。暗くうち沈む気分。ていうかよりにもよってなぜチョキで負けますか……。
「がんばれサラー!」
「行け、サラー!!」
 誠意のない応援を背中に聞きながら、
「ちょっ、一言だけ。ネェネェ一言だけ言わせて」
 ぶーんと不快な羽音をたてて耳元で囁きかけてくるハチを横目で見て。

「あんた今までで一番輝いてるよォ」

 仲間たちはぷっと後ろで吹き出しました。
 そのぷちっとした、ぱんぱんにミツのつまってそうな身体を左手で握りしめながら、不肖サラ、右手を伸ばしました。
「……………」
 カチ、と指の先がボタンを押した。
 すると、「うわっ」とみんなの足がよろけた。この塔、回ってる!? 廊下がぐいぐいと前に進み、みんなふらふらした。続けざまにカチカチと二回。廊下は進んだ。

 そっか。扉を開けたら壁、なんてことになるはずだ。可動式になってるなんて。穴の所にぴったり扉が合わないと、出入りできないわけね。
 でもね、魔術師ジャン。よりにもよってこういうボタンはないんじゃないかな。もっと、あるだろ、綺麗で詩的で美しい封印の仕方が。なんでよりにもよって……!!


「いこ、サラ! 内側の扉あいたと思うわっ」
「な、サラ、なにがあるんだろうな楽しみだよ!」
 煮えたぎるこの怒り、左手に包むナビの感触とともに忘れはしない。




NEXT?