RINDA RING  EVEMT03-07「我こそはミュンヒハウゼン……」




 この町の支配者、ミュンヒハウゼン。
 私たち、初対面だけど初対面じゃない。
 だって、彼の像は公園で見てきたもんね。威風堂々と騎馬にまたがるその姿は、まさに騎士の鏡といってもいいような見目麗しさ。腰に差した剣は伝説の武器だろうか? 鎧の美々しさも、かなりのレベルの冒険者であることを物語る。
 それに、この町に呪いをかけたとかいう魔法使いを撃退したのがミュンヒハウゼンなんだもんね! そりゃもう、会ってみたいって!
 ついでに竜とか、倒してくれないものかしら。うん、それはちょっと高望みかも知れないけど。なんかアドバイスくらいくれるんじゃないかと思ったのよね。

 そりゃー、あのレジスタンス集団……ジェイドだっけか。彼らの様子からして、なんかややこしいことになってるのかな? とはちょっぴり予想してはいたけど。

 けど。
 けどけどけど。
 …………だけどっっっっ!!!!!!




*******




「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」

 アイテムのケーキってね、回復アイテムなんだけど。作る人によって見栄えがだいぶ違うのね。料理のスキルが高くなれば高くなるほど美味しそうな見かけのケーキになるんだ。この前食べたケーキはそれはもう、たーーっぷりと白い生クリームが上に乗ってた。

 その生クリームくらい、たーーーーーーっぷりとした沈黙だった。


 ああ説明が長かったわね、ごめんなさい。
 でもねこれからもっと長い説明をしないといけない、そんな気がする。
 だってね。
 うん。

 あー、シロウが立ったまま気絶してる。
 ノアが目をそらしつつこれからのことを考えてる。
 誰が話しかけないといけないかってーと、もしかして私なの、かな? そう、なの、かな?
 うーん、それは難しい問題だわ。

 だってもちろんまず
「会ってくださって有り難うございます」
て、軽くお礼を言うことから始めないといけないと思うの、初対面の相手だし。

 でもね、でもね、
「ふざけんなこの詐欺師やろうが今からすぐ公園に行っててめえの像ぶちわってくるぞゴルァアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
て叫びたくなる、そんな衝動を抑えるだけで、せいいっぱいなの。

「く、ぷぷぷぷぷ。
 その衝動をボクを握ることで抑えているということなのなら、この痛み、甘んじて……あま、あまくないこの痛み……くぷぷぷぷぷぷ」
 なんてハチがもだえてる声を方耳で聞きつつ、私たちは、無言でその巨体を見上げていた。

ほふーーん……
 そなたたちが、あれなんじゃの〜。
 新記録を打ち立てたという……冒険者たちかの〜。
 そろそろと近う寄ると良い。許してつかわす。

 ほ、ほほほほほ。乱暴そうな顔をしておるのぉ〜」

 フーセンみたいなおなかをしている。こいつが木の芽の周りで踊ったら、一晩で巨木に育ちそうな感じ?
 人間離れした姿だ。口調はどこか雅だけど。

 騎士様はどこですか。
 お前、食っちゃいましたか。
 なんて質問したくなる。振り返ってルルを見ると、
「ミュンヒハウゼン様でいらっしゃいます」
ととどめを刺された。

 これが!?
 部屋の真ん中で、でっかいソファによこたわって、まんまるい腹にとめどなく砂糖菓子をつめこんでいる、これが!?
 なんかクジラみたい。騎馬に乗るどころか背中に馬乗せることできそうなくらい。この部屋から出ることができるんだろうか? できそうにないな、これ。

 顔は化粧してる。真っ白。そして、麻呂眉。
 きんきらきんの飾りの付いた格好。金ボタンのついた、黒いローブ……だろうか、この服。この身体すみずみまで探しても、剣を持って戦ったりとか、馬に乗って颯爽と町を駆けたりとか、そんな要素は一切見つけることはできない。

「我は今日、気分がよいのじゃ〜ほふ〜
 しばらく話をしてやろうではないか。ほほほ、ほほほほほほ

「あのーー、えっ……と。
 なんでそんな変わり果ててしまったんですか」





*******




 ぼかっ
と背中を殴られた。気を取り直したノアだ。
「なんでそんな質問するの! 気にくわん奴らよのう、出て行くが良いとか言われたらどうすんのよ!」
とひそひそ声で言ってくる。
「だって、だって、それ聞かずにこの屋敷出て行ける!? 見てよシロウなんて気絶しちゃってるじゃないっ!」
 可哀想に。
 騎士に会えると期待してきてみたら、こんなトドクジラみたいな生命体が現れたんだもん。そりゃ立ったまま気絶くらいするわ。

「変わった……? 余はどこか、変わったかのう。のう、ルル?」
「偉大なるミュンヒハウゼン様。あなた様は昔も今もなにもお変わりありません」
 ルルは応えた。忠誠心たっぷりに。
 ……なんだろう。このトドクジラに大事なものでも奪われてるんだろうか。脅迫されてんだろうか。
 ユリアさんがアリエッタ姫に鋼鉄の萌え心、じゃない忠誠をささげてるみたいに、ルルはミュンヒハウゼン(ああ長ったらしい名前呼ぶのも面倒になってきたよ!)になんかささげてるんだろうか。

 ああ、この部屋あつっくるしい。
 金屏風に、中央部分のふくらんだ柱が何本も並んでる……部屋の中なのに、なんか障害物が多い感じ? それはともかく、そこはかとなくローマちっくな感じが腹立たしい。

 麻呂のくせにローマッッッ!! 冒涜だわ。

「ほほほほほ。まあよい。
 我はミュンヒハウゼン。この虹の町クールデルタの救世主である。
 では、この町を救った話でもしてしんぜようかの」 

 ミュンヒハウゼンは目を細めて笑った。
 のっぺりした顔はちょっと、妖怪のようだ。顔だけでも……両手でかかえないと持ち上げられないくらいの大きさがある。というか人間か? これ。ヒト科というよりフーセン科よ。

「知っておるかの? この町は昔、巨大な虹がいくつも並ぶ、美しい景色を誇る町だった……

 しかしそれをすべて壊してしまったものがいた。
 黒衣の魔道師。とそれは呼ばれておる。

 やつはのう……とある旅人を愛したのだ。だが、その旅人は、黒衣の魔道師の思いに応えることなくこの町を出て行ってしまった。
 無惨にも、哀れにも取り残された黒衣の魔道師は、とある手段に出た。

 一度でもこの町で休んだものは、絶対にこの町に戻ってくるような、
 そんな魔法。いや、呪いをこの町にかけたのだ。

 しかし魔道師の願いは叶わなかった。その呪いは、旅人には通じなかったのだ。
 なぜなら、その旅人は虹の谷に住むという竜の加護を受けていたから。
 黒い魔法使いはもだえ苦しんだ。

 その魔法使いを倒したのが、余じゃ」

「………………」

「すごいじゃろ〜。すばらしいじゃろ〜〜。
 ずんどこほめてくれても構わないぞよ」

 や、ずんどこほめるには……なんか、すっぽりと間が抜けていたような。

「あの、どうやって倒したんですか。魔法使い」
 純粋に不思議になって聞いてみた。そしたら
「ん? んんー。
 余はすぺしゃるな技をもっておる。だからじゃよ〜。ほふ〜」 

 いきなりミュンヒハウゼンは汗をかいた。効果音にすると「ぼぼぼぼぼぼぼ」て勢いで。
 ……あ、あやしいな。

 あやしいけど。
 まあ、それはそれだ。
 この人がどういう経歴をもってるかとか。妖怪みたいな容貌をもってるかとか。
 それは、気になるけどでもとりあえず問題にすべきはそこじゃないのよね。

 だって私たちは今、お姫様をさらってる誘拐団。
 追っ手もかかってるし。時間制限がある。
 今調べるべきは、ミュンヒハウゼンの怪しさではないのよ。
 すごい気になるけどさ……。

「えーとですね。私たち、この町に戻っちゃう呪いにかかってまして。
 あなたが黒衣の魔法使いを倒したのなら、呪いは消えてるはずですよね?
 そのへんどうなってるんですか」

 ノアがするどく追求する。すると、

「……………………」
 ミュンヒハウゼンは沈黙した。
 それは長く、長く………
「長すぎ」
とつぶやいてしまうくらいたっっっぷりとした沈黙で。
 そしてミュンヒハウゼンは
「しくしくしくしく………………」
と、泣き出した。

 大粒の涙をぼろぼろこぼしている。
「いまどきさぁ」
「なんだよ、サラ」
「いまどき『しくしく』なんて泣くやつがいるなんて。なんか感動だよね」
「サラ、今つっこむべきはそんなことじゃない」
 鋭くえぐられるようなつっこみだった。

「どうしたんですか。まさか、ほんとは黒衣の魔道師を倒してないとか??」
「そ、そんなことはないっ!!」
 ノアの質問に、ミュンヒハウゼンはあわてて否定して見せた。
「ちゃーーーんと、倒した。そりゃもう完璧に倒したのじゃ。
 疑うでない。断じて疑ってはならんぞよ。
 我が悲しいのは……その、呪いが今も動いていることじゃ」
「どういうことですか?」

「そなたら、『ガルディエント』については知っておるかの……?」

 いきなり話題が変わった。
 えーーと。それは、知ってる。もちろん。
 私たち、そいつのためにここまで来たんだもんね。

「私たち、とあるイベントに挑戦してて……虹の谷に行って、ガルディエントっていう竜に会わないといけない
んですよ」
「なんとっ!?」
 ふごっ! と息を吸い込む音がした。
「そうか……。
 実はのう、呪いはすべて、そのガルディエントのせいなのじゃ。
 黒い魔道師が竜に頼んで、この町を呪ったのじゃ。
 だから我がやつを倒しても、呪いは消えなかった」
「え。ええええええ。
 そうなんですか!?」

 ミュンヒハウゼンは寝そべっていた身体を起こし、私たちを見下ろしている。
 その目が怪しい光をたたえている……。

「ガルディエントは強大な魔物……緑のウロコもつ、貪欲で狡猾なモンスターなのじゃよ。
 ときに人の姿に変じ、人を惑わすという。
 黒衣の魔道師は竜に会い、そして不可思議の力を手に入れた。

 もしかしたら竜をなんとかすることができれば、この町に虹が帰ってくるかもしれないのう」

 竜をなんとかって。
 ちょっとどいてくださいて言ってどいてくれたらいいけどさ。
 そんなわけないわよね。竜だもんね、竜。
 さっき貪欲で狡猾とか言われてたよね、ガルディエントさん。緑色とか。

 そんなんで私たち、タマゴが盗めるわけ……?

「……ミュンヒハウゼン様」
「ん? んん。おお、来客かね、ルル」

 見ると、扉が開くところだった。
 入ってきたのは、身なりも豪華な……神父? 聖職者かな? ハゲ頭が見るも輝かしい。まぶしい。骨張ったか顔つきがどこか悪徳っぽい。
 聖職者じゃなくて商人とかならもっとぴったりだったかもね。

「いやいやどうもミュンヒハウゼンどの」
「パーマー神父。今日はいきなり来られましたな。なにか……?」
「ははは、今日はレジスタンスのやつらをつかまえる方法を相談しに来たのですよ。是非ともお知恵を拝借したいと思いましてな。
 しかし今日は、先客ですかな?
 冒険者ですか」

 じろじろ見られてしまった。
 ミュンヒハウゼンはそうだとも何とも言わずにだまーーーって私たちを見つめているので、私たちは居心地悪く、退出することになった。



NEXT?



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