RINDA RING  EVEMT03-19「……落ちとく?」



「つまりは、この穴に落ちたってことよね」

 ああその言葉を口にするときのノアの絶望の表情っ! というか間違いない。シロウくんは、シロウくんはもちろんこの穴に落ちて、私たちと距離が離れすぎてパーティ離脱の憂き目にあっているんでしょう……。

「そして、私たちも落ちろってこと? これ、もしかして」
「うっ」

 正規のコースであれば、あのヤリと箱の謎を解くことになったのかなあ。この階を調べ上げたら、色々と情報が出てきたのかも知れない。いやしかし、私たちユリアさんを超えて来ちゃったわけで、なんとなく。
「あっちに戻るのやだなー」
「そう。そうよね。私もイヤ」
 ノアも力強く同意した。
 あっちに戻るとユリアさんがラスボスばりに生き返ってパワーアップしてサディスティックに切りきざまんと、襲いかかってくる気がするのね。もうユリアさん特有のBGMすら聞こえてくる気がするわ。副題は「姫様に捧げるロンド」。あーー。いらない。


「どうする。私たちも、落ちちゃう?」

 質問すると、ノアは渋面を作った。そうよね。そうだよね。よりにもよってこんな深そうな穴……命の危険はたぶんないとはいえ(リンダリングでは、トラップで死んだりはしないらしい)、んでも明るく楽しみながら落ちたいもんでもない。

「落ちた先が沼だったりして。んで、モンスターに襲われたりして」
「やめてよっ!! 沼って……沼って。両生類的なモンスターが出てきたらどうするのよー! そんなことになったら私絶対帰る。何があっても帰る。強制的に帰る!!」

 青ざめたノアが叫ぶ。そう、この子は両生類的モンスターが嫌いなんだよね。とくに、カとかエとかルとかいうやつ。そんなのが出たら最強の魔法が炸裂するかな……いやもうめっちゃくちゃになるだろうな。うん。

「いや、こんな場所に沼なんかあるわけないよね! 絶対ありえないよ」
「そお? 地底湖とか、十分ありえる気がするけど」
 地底湖ね。うん、それは想像に難くないけど。
「ないよ、大丈夫! もしそんなことになってたら、ウィンドウのシロウの名前、真っ赤になってると思う。落ちてもなんもないよ、きっと!」
「そうかなあああ?」

 まずい。ノアが疑心暗鬼に陥ってる……うう、あんなこと言うんじゃなかった。この穴、二人そろって落ちることができるほど大きくない。一人ずつ行くしかない。

「ここはじゃんけんして、順番を決めよう。覚悟も決めよう」
「ええええええーー……まずは手本を見せてよ」
「やーだ、こんな穴、そんなに怖がることないってえ!」

 そのときの私は、無心だった。
 何も考えずにノアの背中をぽんと押した。
「あっ」
と軽い声を上げて、ノアは前につんのめった。まさか。今私、全然力入れてなかったよ……? 悲鳴すら上がらなかった。それほど意外で、想像すらしてなかったのだ。
 まさか私に突き落とされるとは。

 ええ。もちろん。ノアがびっくり顔のまま、穴に落ちていく様子を見て、私だってもんんのすうううごく驚いた。気持ち的に、腰を抜かしたと言っていい。
 世の中にはやっていいこと、悪いことがある。
 そのなかでもこれは、ぶっっっちぎり特Sクラスのやっちゃいけないこと!
 ノアを落とし穴に突き落とすなんてっっっ!!!




*******




「………………」

 穴を見下ろして私が思ったのは。
「逃げよう……」
てなことだった。やばい。どんだけ怒ってるか想像するだけで、そりゃもう精神的ダイエットだよ。
いいよ、もう。頑張ったじゃない……サラちんは必死にやれるだけのことをやったヨ? たとえ友達を穴に突き落とすなんて非道な真似だったとしても。必死に頑張った。非友情、努力、勝利。どのへんに勝利があるのかよく分からないけど、きっとノアたんはびっくりしたと思……
「そりゃびっくりするに決まってるわーーー!!」
と本人の代わりに怒鳴りつつ、妖精みたいに囁きかけてくる馬鹿っパチを平手打ちした。
 ああやばい。口車に乗って、ダンジョン一人逃避行するところだったわ! その展開だと外で再開したときどうなることやら。もはや怒ってすらもらえないかも。
 うん、なーんて考えてる場合じゃない。私にできることと言ったら可及的速やかに穴に飛び込むこと! そうすれば、から揚げの運命が、塩茹でくらいにおさまるかもしれないっ。

「…………ん?」

 ウィンドウが立ち上がっていた。

一人きりの冒険者にならば、見せましょう

って。それどういう……




*******




 広場のヒカリゴケが明滅したかと思うと、光があふれ出した。洞窟の中は明るすぎて、なにも見えない。いや……中央に、女の人が立ってる。緑の髪をした、女のひと。
 泣いている。きれいな人だ。なんだか北欧の女神みたいに、大きく感じる。見事な曲線を描く身体にまとうのは、虹色の衣服だ。
彼女は両手をかざすように上向け、そして涙にぬれる目をかっと見開いた。

『カエシテ!』

 その声は、ひとのものではなかった。音の爆発。意味は分かるけど、私たちの言葉ではない、竜の言葉。テレパシーみたいにして、私たちに伝えてくる。
 悲しみと、怒りを。

 そして、女の人の身体が膨れ上がった。私はたぶん悲鳴を上げたと思う。その幻想を見ながら。女の人が、竜に姿を変えていく……! それは恐ろしい光景だった。どれだけ女の人が綺麗だったとしても、耐えきれないくらい。いいや違う。綺麗だからこそ、恐ろしい。

 対するは、槍を持った男。
 顔は分からない。なんだか霧がかかったみたいで……

「いざ参る、ガルディエント!」

 声! 肌がびりびりと震えた。
 私の背後から伸びてきた槍の切っ先が、まっすぐに竜を襲った。その苛烈な一撃は、竜の肩を裂く。
竜は哀れな声をあげた。次の瞬間怒りに燃えた金色の目、巨竜は、

『ミュンヒハウゼン……!!』

と叫んだ。確かにそう言った。

 ええええええ。まさか。びっくりして見えない男の顔をよくよく見てみようと頑張ってみたけれど。ガルディエントが思い切り息を吸い込み、そして噴き出した。……これは、毒ブレス!? 自分を守るように構え、目を閉じる。

 そして再び目を開けると、そこはもう元の場所だった。



NEXT?



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