RINDA RING  EVEMT03-20「残酷な質問がわが身を突き刺します」



 目の前に落とし穴。
 そして仲間たちは先に向こう側。
 そりゃもう、行くよね。進むしかないよ。断然、レッツ、落ち!!
 私は目を閉じ、なぜか鼻をつまみながら、ぴょいと穴に一歩踏み入れ……ようとして足を戻した。うう。なんというか、ちょい怖。落ちるのも怖いし、先にいるマイフレンドも恐ろしい……恐ろしいよ〜〜っ
 んでもあの子のことだから、
「一秒遅れるごとに、焼却時間が一秒延びるってことにしようっと☆ いちびょーう、にびょーう、ひゃくびょーう、さんびゃくびょーう……」
ってやってるかもしれない。倍、じゃない。二乗ですらない、おそろしさ。ええいサラ! 覚悟を決めたんさいっ!!

「っっったあーーーーっ!」

 気合いを入れて、叫んで、そのまましばらくしーんとして数秒、そして私は穴の中に飛び込んだ。視界がまっ暗になる。両手をあげた格好で、なんだか巨大な動物の体内みたいな長い管の中を落ちていく。
 そして足元にまぶしい光を感じたとき、ひゅおっと耳元で空気が膨らむような音がして、次の瞬間私の身体は大きな空間に飛び込んでいた。

「ああっ……」

 どぽん! と水の中に石を投げ込んだような音……いや、私自身が水の中に落ちたんだ、とすぐに気づいた。なんだか全身が冷たいような感じ。でも体温が奪われるようなことはない。
水中での動きのコツをつかむのに、少しだけかかった。もがもがしながら水面に顔を出した。
洞窟の中の……地底湖みたいな感じ? いやそれほどおっきくはない。上の広間よりちょい大きいくらいかな。
 水をかきわけて、歩いていく。イベントによっては、水中でのステータス変化とかの条件があるのかもしれないけど、今この場ではそういうのはないみたい。
 ついでに、髪も服も濡れてない。もちろんゲームだからね! 乾かさないと、風邪を引くってもんでもない。便利だなー。
 すぐそばに「回復の泉」と書いてある看板が立ててあった。あ、HPが全快してる……なるほど、回復してくれる泉なんだ。ここを拠点にすると、レベル上げたり謎解きしたりするのに便利かな。
 しかし回復の泉って、ゲームではよく見かけるけど、実際……飲めばいいのか沈めばいいのか。正しい用法はどっちなのだろうか。どっちでも回復するのかな。そうかも?

と独り言を言ってたら、

「無事だったんだー! よかったサラ!!」
「うひゃっ!」

と横から突撃を食らった。ぐふっと言いながらふっとばされる。地面に倒れたところ、すぐそばにブーツをはいてる足を見た。
「………………」
 私に抱きついてるのはシロウ。そして私を見下ろしてるのは、
「…………ノアさん……」
でした。




*******




 シロウは半泣きで私の無事を喜んでくれた。ノアは、にこにこ笑ったまま私を見下ろしている。
「大丈夫だった?」
と聞いてみた。
「なにが?」
「えっと……ほら、上から落ちてきたわけじゃない? 大丈夫だったかなーって」
「落ちてきたんだったっけ、私」
 残酷な質問がわが身を突き刺します。ノアたんはあくまでも笑顔を崩しません。
「えっと……そうだね、上から突き落とされたわけじゃない? 大丈夫だったかなーって」
「うん、下が回復の泉だもんね。なんかあったとしても、回復しちゃうわね」
「そっか、よか……」
「でも回復の泉って、心の傷まで癒してくれるわけじゃないのよね
 ずきーーーんと胸が痛む。これ、なにかな。恋? 不整脈?
 ここはもう、シンプルに
「ごめんね!」
と謝りました。いやもうそうするしか。
 どんだけ怒られるか、覚悟してそう言ったんだけど。
 返事もまた、シンプルだった。

「んーー、いいよ」

「え。ほんとに? もう怒ってない? ほんとに?」
「なんでそんなに確認するの。そりゃー、突き飛ばされたときはびっくりしたけど、今は全然気にしてないから、そんな突き飛ばされたことなんて人生初めての経験だったけど、今となっては良い経験できたかなって」
「そ……そう」

と言葉にややトゲ……いや槍を感じるものの、基本的に怒ってはいないようだった。うん、節目節目でそのことを持ち出してこられる予感はするんだけど……。

「気にしないで。今は三人が合流できたことを喜びましょ」
「わらわもいるぞよー!」
とシロウの背後の桃姫が主張する。桃姫って呼びすぎて、もはや本名を忘れてしまいそうだわ。えーと……なんだったっけ。

シロウは、
「俺、君らが戦ってるときに一人で上の広間に来たんだけど、あっという間に落とし穴に落ちてさ……。焦ったよ、いきなりパーティメンバーから外れてるし!」
と説明した。そりゃ驚いただろう。私だって、パーティメンバーから外されるなんていやだ。いきなりダンジョンの中で一人! じゃないけど、シロウ、背中に姫様いるし。

「下の部屋に落ちただけなんだから、そこまで離れたわけでもないのにねー」
 ノアが落ちてきて、パーティメンバー復帰! というウィンドウが立ち上がったらしい。それを見たシロウは感涙にむせびながら、ノアにタックルをかましたらしい。吹っ飛ばされたノアだけど、そこはそれ、回復の泉の真上だもの。転んでもHPはすぐ回復しちゃうって寸法だ! ……ううーん。
「んであなたが来るのを待ってたんだけど……遅かったのね? まさか、上で逃亡計画立ててたんじゃ、ないわよね」
「まっ、まさかぁ〜〜」
 大当たりーッ! と叫ぶため飛び出したバッチョを空中でつかみ、床にたたきつける。
「そんなっ! ことっ! 全然っ! 思いつきすらしなかったよ!?」
「踏まないでェー、踏まないでェー!」
 ノアとシロウの眼差しからは疑惑を感じたけど、そこは力業でスルーさせていただいた。




*******




「違うの、上でね。パーティで一人になった瞬間、映像が見えたの」
 話題を転換するため、いきなりではあったけどふたりに説明することにした。女の人が竜に変身する、すごい光景。あれは一人で見るよりみんなで見たかったなあ。それよりなにより、
「あの麻呂のやつが登場したのよ」
「麻呂!?」
 ノアが柳眉を逆立てる。麻呂って、えーとえーと。
「ミュンヒハウゼン!」
 ああ言えた。良かった。そう、あの映像では、ミュンヒハウゼンが登場してた。槍もって、竜と戦ってたんだわ……。
「俺、なんか想像を絶するんだけど……あのひとが槍装備して竜と戦う?」
 ヒトっつーかフーセンの方が近かったけどね。デフォルメ効きすぎてた、あの身体は。
「んでもサイズ的には竜ともばっちり戦えそうな感じだったわよね」
「そりゃそうだけど……なんかイメージ違う……」
 ノアはぶつぶつ言ってた。
「んでも綺麗な映像ではあった。ややホラーではあったけど。なんなら、みんなあそこに戻って、見に行ったら?」
 一人になったら見ることが出来る映像。
 シロウが眉をひそめた。
「それが、できないんだ」
「え? どういうこと」
「戻れないんだよ。落とし穴から落ちただろ? この階全部調べたわけじゃないけど、戻る道は見つかってない」
「ええーー! なにそれ。もし戻りたくなったらどうなるわけ?」
「どうなるもこうなるも」
 シロウは言葉を濁した。うう、そうか。回復の泉みたいなものが存在してるんだもの。これは、「これ置いといてやるからしばらく冒険がんばれや、な!」というR=R社からのメッセージてわけね。
「穴から落ちるのが順路だったのかも。あの穴一人ずつしか通れそうになかったし、だとしたら最後に誰かひとり残るのは必然ってことね」
 そっか……。

 気を取り直してこの階を調査しよう! ということになった。
「そろそろわらわ、ダンジョンにも飽きてきた」
「早いよ! まだ探索は始まったばかりだよ!」
「ふん。暗いし、狭いし……最悪な環境じゃ。お前たち冒険者はよっぽどのモノズキなのじゃな。ダンジョンには飽きたが、お前たちを見ていることはやや楽しい」
 悪かったなああああ! て言葉を飲み込んでにっこり微笑む。
「そういや、あんまり長引いたら、キャンディが足りなくなるかも」
なんてシロウは心配している。一級の保父さんだな……。



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