庇う余裕はなかった。
ノアがどこかぼんやりしたまなざしで攻撃を見守っている。私の回復は間に合いそうにない。もしかしたらぎりぎりでHPが残るかも知れないけど……
あああ、どうすれば……!! なんて、言ってられない!!
「この、ばかサソリーーーーーーーッッッッッッ!!! こっち見なさいよぉぉっっっ」
全力で叫んだ。
スキル、挑発。でもうまく挑発できたか分からない。ううん、この叫びがスキル「挑発」なのかどうかも区別が付かない。だけど、必死だった。
死ぬと思った。今まで、冗談みたいに感じていたけど、今度こそ死ぬって。だって魔法はダメ、攻撃もダメ。こんなふうに、こんなところで死ぬなんて。
このゲームに、まぐれとか、眠っていた力とか、そんなものはない。常に目の前にあるものを使わなければならない。カンナが言ってた、地下のドラゴンを倒すことができる可能性はゼロではないって。ゼロではないなら、もし私たちが「それ」に気づいたら、倒すことができるのだ。
私は、シロウは次攻撃しようとしていると思ってた。
だけど違った。シロウは、アイテムを使用したのだ。つまり、「アリエッタ姫」を!!
アイテムとしての姫様。それは前使ったから知ってる。
戦闘における爆音発生器。そのボイスを前に普通でいられるモンスターはいない……かもしれない。
だけどこのときの私たちはまだ知らなかった。
まさか、姫様の力が、使った者との「友好度」によって変わってくるなんて。
この前姫様を使用したのは、私。友好度なんて無いに等しい関係だった。しかしシロウはキャンディーとご機嫌取りを駆使して友好度を高めに高めている(本人としてはそんなつもりはなかったにせよ)!!
姫様の、本人曰く「プリティボイス」が生み出したのは破壊……そして混沌だった。
あれ、なに? 擬音?
「ホンギャラワオウェエエエエエエエ」
とか
「ボルグニュリュルヲルェエエエエエ」
とか、そういう感じの大音量。いやもう、音という範疇を超えていた。ひとつの現象だ。ビッグバンとかそういうたぐいの。
私がやったときとは、雲泥の差だ。あのときだって驚いたけど、今回はレベルが違う。
時間が止まった。
確実に数秒、もしかしたら数分。
中ボスであるところの大ムカデ様が抗すべくもなかった。もう、そりゃもう、あの声を浴びてまともに戦えるはずもなかった。
時が再び流れ出したとき、彼はへなへなと崩れおれた。まるで薄っぺらい紙のようなはかなさで。
ずしーんと地響きがして、サソリは横倒しになった。そしてそのまま光の粒になり、消えていった。
「……………………」
どれくらい沈黙していただろうか。
私はノアとシロウを見て、ぽかんとしていた。シロウも、ノアも、同じ。
ちゃらっちゃらー♪ と効果音が響いて、誰かのレベルが上がったのにも気づかず……いや気づいてたけど。
なんという精神崩壊系攻撃……!
「……………………」
「……………………」
「ねえ、カンナ……」
「はい、なんでしょう」
「もしかして、地下のドラゴン、これだったら余裕で倒せたんじゃ……?」
ノアの質問に、カンナはあわあわして、汗をかきながら両手で耳の後ろをかいた。いつもならその可愛い仕草に和んでいただろうけど。
そうだ。地下のドラゴン。レベル的に敵うはずがないって、スルーしてきたけど、この攻撃であれば……うん、たぶん倒せただろう。だってこれ、見たことないけど最高レベル魔法にも匹敵する効果じゃないかなあ。うん、見たことないけど最高レベルの魔法。
こんなものを知らずにいたなんて。
自分たちが最強パーティだってことを知らずにここまでやってきたなんて!!
「アリエッタ姫……」
姫は、壺の中でなんだか機嫌の悪そうな顔をしていた。いや、これは眠いんだな。
「わらわは疲れたのじゃ。ふわあああ」
「い、いまのもう一回ってお願いしたら……ど、どうなのかな?」
「いやじゃ」
アリエッタ姫は、軽やかにきっぱりと断った。それはもう、さっくりきっぱりはっきりと。
「シロウッ!」
とノアが気合いを込めてシロウの名を呼ぶと、シロウは背筋をぴしっと伸ばして壺に向かって話しかけた。
「えっと、その……できれば今の攻撃、もう一回お願いしたいんだけど。……だめかな? アリエッタ姫」
「シロウのお願いといえど、きけぬ。わらわは眠いのじゃ。しばし放っておいてたもれ。もし無理矢理あのキャンディを食べさせるような真似をすれば、わらわは帰ることにする。ふわあああ、疲れた。では、おやすみ」
ZZZZZZZ、という効果とともに、桃姫様は壺の中に沈み、おやすみになった。
たぶん、無理だろう、これは。ほんとに帰ってしまいそうだ。
「まあ、仕方ない……か」
「ノアが死にそうだったし。うん、良かったんじゃないかな」
「そうだよ。あのとき俺が姫を使わなかったら、大変なことになってたと思う」
「人をアイテムみたいに言うでないっ」
ぽこっと音がして、シロウは壺の中から殴られたようだった。衝撃があったらしく、シロウはイテッと軽く声を上げた。
姫は寝てるんだか寝てないんだか……。
たぶん、グッジョブだ。なのにちょっと空気が落ち込んだ感。
だけど落ち込んでる場合じゃないよね。さっさと次に行かなきゃあ……。うん、ちょっと脱力するけど、元気出していこう……。
|