RINDA RING  LEVEL0-02「こんにちは、サルサコバッチョ」



「ナビゲーター……」
 そいつは、全然可愛くなかった。なんだかオモチャ屋に山積みになって売れ残ったぬいぐるみのハチ、ってな顔をしていた。
「はい、ナビちゃんて呼んでくれてもいいですよ」
「却下」
 思わず即答してしまった。
 だ、だって、ナビちゃん♪なんて、可愛く呼んでいい容貌では全然ない!!

 先に行ってる友達から話は聞いていた。プレイヤーには、たとえばゲームしてるときに出てくる説明ウィンドウがあるけど、そういう説明をしてくれるキャラクターがつくって。たとえば「このアイテムは回復用だ」とか「このダンジョンはまだレベルが足りないからやめとけ」とか、アドバイスしてくれる。ナビゲータにもレベルがあって、あがるごとにくれるアドバイスのレベルも上がっていくとか。(たとえば「伝説の武器をゲットするにはあのダンジョンに入ってボスのヴァンパイアを倒すのです」とか、初期状態ではナビもそんなこと知らない)
 そして友達のナビはすんごくかわいいウサギ型。
「戦ってると心配してくれるんだよ」
なんて、嬉しそうに言ってたから、私もきっとかわいいナビを使うんだわと思ってたのに。
 思ってたのに。

「なんでハチ!?」

と地面を蹴飛ばしたくなった。
 ハチはまたもや肩をすくめるような格好をした。
「いやはや、私が到着する前に戦いが始まっているとは思いませんでした。ハハハハ、あなたホントに運が悪いですね。最初の町に着くまでにモンスターと接触する確率は7パーセントですよ! クッククク、いやー、おもしろ」
 地面の石をひっつかんで肩を回転させる勢いで投げつけた。
 石は見事的中し、ハチは地面にぽとりと落ちた。
「い、痛」
「い、痛、じゃ、ねぇっっ!!」
 ふんづけた。
「なに? あんた。あんたがとろとろしてるからモンスターにあったんでしょうが。あ? 7パーセントだぁ? 数字披露してる間があったらまず遅刻の理由を言え」
「ひ、ひぃぃ、トイレに行ってましたぁ」
「なんでハチがトイレに行くか!!!」
 より深くふんづけて、言った。
「チェンジ」
「………え?」
「チェンジ。ナビゲーターチェンジする。できるんでしょ? 友達はウサギだってのに、なんで私はハチなのさ」
「だ、だって最初の設定のところで『NC:ナンデモイイ』を選択したでしょーー!」
「………………」
 したような、してないような。
「……それ、NCがなんなのか分かんなかったんだけど」
「NCというのはナビゲーター・キャラですっっ! ナンデモイイなら自動的にランダム設定になるんですよーー! ああう、痛い痛い。ハチはハチなりに可愛いところもあるんですから、踏んじゃダメ! ついでにチェンジ不可です。あなたがサラである設定を捨てて新しいキャラとして旅立つのであればチェンジできます」
「え、そうなの」
 足を離すとぶーんと宙に飛び出した。
「でもその場合新しいIDナンバーを使わないといけませんからぁ」
「はぁ」
「もう一個『リンダ・リング』を買って下さいね。じゃあ、サヨウナラ〜〜!」

 そしてそのまま飛んでいこうとする。
「ま、待たんかーーー!!!」
「イヤデース。僕は暴力主人反対派デース。アバヨ、ドメスティックバイオレンス女」
 と、尖ったお尻が憎い。飛んでいこうとするハチを睨みながら私は再び石を握り、振りかぶって、投げた。
 我ながら剛速球である。しかも、石。
 カコーーン!! と。
 後頭部に石が激突し、ハチはひゅるりと地面に落ちて、ぷるぷる震えた。
「な……ナイスピッチング……井川もびっくり」
「井川もびっくり、じゃねぇ! もういっこリンダ・リング買えるわけ、ないでしょ!! あんな馬鹿高い値段設定してるくせに。あんた、R=R社の回し者!?」
「僕は清く正しい……社員」
「ちょっと! 今度逃げようとしたらハチミツ漬けにしてやるから。
 とりあえずあんたで我慢してあげます。だからちゃんと仕事を果たしなさいよね。村はどこ、村は。さっさと連れて行きなさいよ」


■ ■ ■ ■


 ギムダの町までは結構距離のある道のりだったけど、たしかに道は平らか。平和。万々歳。で、モンスターに遭うのがいかに運の悪いことだったかと、納得させられた。
 しかもハチだしな。運が悪いの二乗がかっている。
 初期にもらえる、やくそうも食べてなくなっちゃったし……。

 そう、薬草。あれは不味い。苦い。臭い。と三拍子揃っている。
(体力回復するのと怪我が治るのとは現実では別の事柄だけど、このゲームではいっしょくたになっている。怪我=体力が減る、だから、「HPは満タンだけど息が上がって動けな〜い!」な状態は、まずないわけだ。幼児が一日かけて5000メートル級の山にルンルン登山、なんてこともありえるということ)

 アイテムは五つしか持てない。それは今装備してる「旅立ちの服」にポケットが五つしかないからである。カバンを装備すれば持てるアイテムの数も増えるらしいけど、
「持ってるアイテムがないもんなぁー、アッハッハだ」
「サラさん、楽しそうですな」
「楽しかねぇ!! ねぇハチ」
「あっ、待って下さい、待って下さい。僕のアイデンティティを確立するためにも僕の名前を設定してくれませんか」
「ハチじゃいけないの」
「それは種族名です。サラさんのことをハーイ人間たん☆と呼ぶようなものです」
「いいよ呼べば」
「ああーー、そんなご無体なーーー」
「えー、名前ねぇ」
 見るととハチはもじもじしている。
「種族ハチ、名前ハッチ」
「某ハチとめちゃかぶってるじゃないですか! 僕のアイデンティティはどこに立ってるんですか」
「あーもう。じゃあ、サルサコバッチョ」
「…………なんすかその、ほのかにイタリアンテイストな」
「通称サル、もしくはバッチョ」
「いいです、もうなんでもいいです」
 バッチョがへこんだところで、町が見えてきた。

 感動的な光景だった。はじまりの町、ギルダである。この町には他のどこにもないものがある。それが「サンチョ亭」だ。そこで冒険者たちの多くが仲間を見つける。一人旅をする人も多いけど、やっぱり冒険はパーティ組んでからはじまるでしょう! かばったりー、一人で必殺技繰り広げて「ふっ……みんなの手を煩わせる間もなかったわね」なんて余裕ぶっこいたりー。ステキじゃないか大人数の旅。
 リンダ・リングでは三人パーティまでしか組めないけど。
「ギムダの町の、中央公園て行き方分かる? 噴水のあるとこ」
「ああ、はいはい、ありますよ! なんですかサラさん恋人と待ち合わせですか」
「友達とだよ」
「男の子ですね? フンギャッ」
 ほくそ笑むハチを鉄拳制裁したところで誰が咎めるだろうか。
「女だよ。魔法使い。一緒にパーティ組もうねって約束してたの」

 ギムダの町から延びるいくすじもの道が見える。町に向かう者、出る者。さまざまな格好の人々がいる。
「す、すごい! 戦士に魔法使い! わぁ、ファンタジーだねぇ」
 みんな旅立ちの服じゃない。いかつい鎧とかシースルー風味の長衣とか。武器もただもんじゃありませんよって感じ。
「あ、あの戦士さんがもってるのは伝説の武器のひとつですよ! リンダポイント12はかたいだろうなぁ」
 バッチョの見てる戦士は、あるパーティの一員だった。全員男で、全員強そう。戦士、魔法使い、僧侶、かな? 違うかな、上級職かも。戦士は厳つい顔をした巨漢で、どんな大木もぶち折れそうな斧を装備していた。魔法の力がこめられているっぽく、赤い宝石が埋め込んである。
「なんでそう、リンダポイントに結びつくのよ。『いくらで売れるかなぁ♪』とか、感心するポイントは他にあるじゃないの」
「コレだから初心者は……」
とバッチョはみたび肩をすくめた。肩はない、いや、もうどうでもいい。腹が立つが、こいつは怒っても仕方がないキャラらしい。と、見極めた。
「リンダ・ポイントの恐ろしさはだんだん骨身にしみてくるはずですよ、フフフフ。ま、そーですね、あれは売ると5万ゴールドはかたいだろうなぁ」
「後ろから殴りつけて強奪しちゃダメ?」
「スライムにも勝てない人が、なに言ってるんだか」
 ……………………まぁ、たしかに。

 肌の黒いエルフの格好をした人が、いや「格好をした人が」じゃない、ほんとにエルフ。まばゆい美しさで微笑みかけてくれた。
「あなた、初心者?」
「は、はいー! まだレベル1です!」
 彼女はたいそう優しげに微笑んで、がんばってねと言って過ぎ去っていった。
「いいなーいいなー、私もエルフにすればよかったな。んで弓矢を装備するわけよ」
「エルフは大変ですよー。迂闊な行動をするとすぐリンダポイントが上がるし。レベル上限は15ですし。しかも今の人は肌が黒いエルフだったから、悪神信仰ですねぇ。すごいチャレンジャーだこと。フゥ」
「……あんたはもういいから黙ってて」

 そして町の城壁にあけられた、門をくぐって町に入った。


NEXT?



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