さーて。
例えばゲームをしてて一番楽しいのは、いつだろう?
スライム一匹にも瀕死になる、よわよわでこわごわなレベル1時代?
一撃受けるたびに身体よりむしろ精神的ショックが大きくて、シロウなんて毛髪がやばいんじゃないの? なんて。いやゲームだから毛髪関係ないけど。
または、レベル99にあげて、ラスボスを余裕で倒しちゃえそうなときかも?
でもそれ私はあんまり向いてないのよね。そもそもちまちまレベル上げるのがダメなんだわ。
「え、でも私は絶対ボスと戦う前にレベルいつつは上げとくけど」
なんて言うノアは分かってない。やるかやられるか、そのギリギリの瀬戸際で「ああこの最後のひとつの薬草がなかったら全滅してた!」という境地を味わうギャンブラーな気持ち。
それはともかく。
一番ゲームが楽しいのは、いつだろう。ちゃんとした答はないのだろうけど。
例えば、レベル8に上がって、ちょっと呼吸がしやすくなったなあ、と草原をつっきっていく気持ちはとても気持ちがいいし、スライムなんて倒す価値もないわと、余裕たっぷりに見逃してやるふりをしながらハチを投げつける心地というのもたとえようがない。(ほんとうにない)
まさに、今。
リンダリングというゲームがとても楽しくなってくる頃合い、だった。
トルデッテ伯爵のイベントをこなしたことにより、「王族に準ずる貴族を助けたご一行」というハクが、私たちのパーティについた。ハクってそういや金箔のことかしら。
厄介な災厄以外のなにものでもなかったシロウの呪いも解けたことで!!
「もう、気分そーーかーーい!! て感じよね」
私たちは、愉快に森を進んでいた。
状況を確認すると、トルデッテを出た私たちはユリアさんと待ち合わせをしている城下町まで行くことになった。貴族や王族に関するイベントをクリアーすると、入城権というアイテムが手に入るのだ。アイテムというか属性というか、ステータスウィンドウを立ち上げると名前の下に入城可能と書いているというべきか。
ユリアさん。すごい(多分)レベルの騎士。お姫様付きの身分で、あちこちに引っ張り回されて生傷が絶えない様子だったな。もってた宝石に目を輝かせたのはノアで、
「ねえ、すぐにユリアさんのいう冒険に手を出さなくても、ちょっと面白そうな町とか寄ってみない? このマップに虹の町とかあるけど……」
「善は急げ」
にっっこりとノアは有無を言わさぬ迫力で微笑んだ。
装備しているのはトルデッテで買った「スタールビーの杖」。もちろん本物ではないけど。
魔法使いの女の子用アイテムである杖には、宝石シリーズというのがあって、本物であれば数万はするんだけど。それよりちょっとおちるレプリカ系のシリーズがあり、本物にはおよばなくてもきらきらしさで十分自尊心を高めてくれるのだ。
でもそれも十分結構な値段がした。お陰でシロウは新しい剣を買わずに整備ですませたのだ。
トルデッテから王城まではまっすぐな道が続いているんだけど、ついでに言うとひとり500ゴールド出せば馬車に乗ってモンスターに遭わない旅が楽しめたんだけど、
「だってホラ。ユリアさんが頼んできたイベントって……」 |
「竜の巣に潜り込み、色の違う卵を盗んできてたもれ」
(推奨レベル?)
その巣穴があるのは、虹の谷。奥に眠る蒼い竜ガルディエントは聖なる瞳を持つといいます。その目に射抜かれた者は、己の邪悪さに絶望して死ぬ、と。その巣の中にある「色の違う卵」をもってきてください。 |
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……だったんだ。
うん。竜だよ。竜だよね。まともに考えたら、ちょっと今のレベルじゃ太刀打ちできないって分かるよね。
ガルディエントて名前の荘厳さからいって、かなりの強さを誇ってそうだなあ、なんてことも想像簡単すぎるよね。
その目に射抜かれたものは己の邪悪さに絶望して死ぬんだよね、とノアを見つめても
「がんばろうね!」
と固定台詞みたいなことしか言わない。
早く分かって。邪悪なのは……ゴホンゴホン。
「でもこの町とか面白そうなんだけどなー、うわっ」
悠長にマップを眺めていたら突然モンスターに襲われた。サル系のモンスター。ウッディ・モンキーという白い小さなサルがいっぱいいるのだ、この森。
そう、馬車の旅を放棄してわざわざ徒歩でこの森を通過してるのは、せめてちょっとでもレベルあげとこうよ、という相談(もしくはシロウの懇願)の結果だったりする。
「キキーッ」
「うざいのよこいつら!!」
そして私の頭の上でヤツが言う。
「ぼうけんしゃー、負けるなバッチョ、これにありーー」
「待っって!!!」
「そうだよサラ待つんだ! その怒りを、モンスターにぶつけるんだ!! 敵を間違わないでくれそれは一応たぶん味方であって!」
「ほらほらほら、モンキーそっちに行ったってばあ!」
私の形相は、自分じゃ見えないけどかなりのものだったのではないかと思う……。しかし、そのときだった。私がアレを見つけたのは。 |
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ウッディ・モンキーに取り巻かれている毛玉。それは、そういうもののように見えた。
「助けてー助けてえーーー」
なんてうめき声をあげていなかったら、「変なもの見たなあ」て華麗に見過ごして行きそうな、むしろ見過ごして行ってしまいたかったような、何か。
「大丈夫ですか!」
駆け寄っていったのは、シロウ。剣を振るってモンキーたちを追い払う。モンキー系のモンスターはおしなべて素早さが高いからシロウの攻撃もスカッとかするだけだったりするけど。
らちが明かないのでノアが素早さを落とす魔法を使った。
すると、ウッディ・モンキーたちは慌てて逃げていったり、倒されたりした。
「すいません、すいませんでした皆さん方」
ヒゲの固まりは、どう見ても……
「ドワーフ!? ドワーフね、あなた! 宝石づくりが趣味だっていう」
目を輝かせたノアが嬉しそうな声を出したので、思わず「逃げてえ!」と相手を突き飛ばしそうになってしまった。するとソレは、
「えええ? い、いや……おいはコボルト、です」
名前はカマスといいます。と名乗った。カマス……なんか、なんだろ。ま、いいか。
服装は一言で言って薄汚れていた。
ヒゲはぼうぼうで、腹は丸く突き出していて、緑色の帽子をかぶった頭をぺこぺこ下げる様子はなんというか……確かにコボルトという軽やかさからはほど遠く、ドワーフに見えた。
「う、ううう。味方とはぐれて森をさまよい、薬草も使い果たして死を覚悟したそのとき、助けてくれたのはあなたがたでした。おいは、感謝の言葉もありません」
おい、て……自分を指す言葉コボルト仕様? なーんか変わってる。
ノアはドワーフ(をこき使って奉仕させる)以外に興味はないらしくあくびなんかしている。シロウは親身になってうなづいていたりする。
「皆さんはなんて親切で素晴らしい方々なんだろう。それに比べておいは、もう金もなく……薬草もなく……」
「あげません。貸しません」
ごめんね、うちには鉄の女がいるの。
コボルトは絶望的に目を見開き、がくがく震えながら頭を下げた。せめて、せめて薬草だけどもひとつだけ道に落としてくれたらそれを拾います。迷惑はかけません。かけませんたらお願いしますお願いしますもうおいのHPは残り少なくて味方にはぐれて死んでしまってはあなた方も夢見が悪くて……
なんて切々と訴えられてもノアは笑顔だった。
「無理!!」
なにかフォローしようと口を開きかけたシロウをもその笑顔はしばりつけた。
「なに?」
と聞き返すその迫力。シロウは二の句が継げずに首を振った。そうよね、ここで助けようと言おうものならどんな臓腑をえぐるような言葉が降り注いでくるか。カンナがなにか訴えているけど、ノアは聞く耳を持たない。
いやー、しかしさわやかなほど冷たい女です。
「じゃあ……じゃあせめて、地図を貸してくれません、か」
頭を下げて震えながらカマスは訴えた。
哀れさで言ったら比べるものもない有り様だ。なんというか、シロウと私はノアを見つめた。ノアは勝手にすれば、とぷいっと横向いた。
シロウがアイテムから地図を取り出そうとすると、肩に乗ってるモンタが口を開いた。
「待て……よく、考えろ……」
お。モンタが止めた?
と私も手を止めたところ、頭の上のあいつがぶぶぶぶぶ、と活動を始めた。
「さっきから見てたけど、可哀想じゃないノ! もう、この子の地図で良かったら使いなよう!!」
と、私の地図を渡したのだ。
信じられないことに。
そして。
「いやっっほーーーーう!!!」
豹変だった。コボルトは突然活き活きぴちぴちとした動きで私たちの身長より高く飛び上がった。手にはしっかりと地図を握って。
「へっ、バカな冒険者どもありがとよーーう!! おいが欲しかったのはお前らの地図さ けっへっへっへっへ!! あ・ば・よーーーー!!!!!」
そしてぽかんとしている私たちを置いて、テレポーテーションみたいなスピードで消えたのだ。目の前から、走り去ったのだ。追いかけるという選択肢が出てくる暇もない速度だった。
その後ハチ型ナビゲータがどのような目にあったかは、あえて秘する。
…………そう、城下町に向かっていたの。向かっていたのよ。そう。
「ああっバッチョさぁん……いい人だったのに……ああ、そうとも言い切れないひとでした……」 |