忘れてた、なんてことはない。
なんというか、なんか、やだなあ、どうしよっかなあ、忘れたフリしてたらいーんでないのう? て無言の打ち合わせwithシロウが功を奏していたというべきか……。
だってさ。
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「竜の巣に潜り込み、色の違う卵を盗んできてたもれ」
(推奨レベル?)
その谷があるのは、虹の谷。奥に眠る蒼い竜ガルディエントは聖なる瞳を持つといいます。その目に射抜かれた者は、己の邪悪さに絶望して死ぬ、と。その巣の中にある「色の違う卵」をもってきてください。
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わっ、びっくりした。この町に入ったからかな? 窓まで耽美になってる。
それはさておき、ほらほらほら。どんなに自分を偽ろうとしてもごまかせない。この、「ド・ラ・ゴ・ン」の四文字。
ドラゴンだよドラゴン。ザ・モンスターオブモンスター。獅子が百獣の王なら、ドラゴンは万獣の王といったところじゃない? まんじゅうとかいったらなんか美味しそうだけどさ。
んで私のレベルと言えば……、10にもなってないですよ。ギリギリといったとこ! シロウは一番強いけどさ、私たち装備に金かけてるわけじゃないもんね! そりゃもう。どこに消えてんの? 金。と言った具合に。
分かってるんだよね〜、私たち、薬草にかかる金が結構負担になってるんだわ。僧侶がいれば無料で回復できるところをわざわざ金払って元気になってるじゃない。しかも戦士と武闘家だもん。そろそろ……HPもね、薬草一個や二個じゃ全回復にはならないんだよ。
ここに来る途中ウッディ・モンキーにとりまかれたけどさ。
ザコ敵と戦ってても結構な散財になるんだよね。
戦うだけで金がいる……? 金がいるから戦ってる……?
どっちなんだ。ほんと。
自分たちでもそのへん微妙だなーと気になりだした。へたしたらシロウの盾が買える値段を薬草につぎこんでるんだ。まあその金があってもシロウの装備に使うとは限りませんけど。
「でもー、僧侶ってのも結構しんどいんですよ。ただで回復できる便利キャラじゃないんですよ。ちゃんと教会に行かないとリンダポイントが上がりますしー、味方に悪神信仰プレイヤーがいると強さが3ポイント下がりますし〜」
思わずシロウを睨んでしまった。
「なっ、なんだよ。このパーティに僧侶がいないのは俺のせいかよ! 違うだろ」
「まあまあ、そんないないものをねだっても仕方ないんだし」
仲裁に入るのは……ノア。
珍しいこともあると目を丸くすると、
「そんな下らないことより早くユリアさんと合流して双子のアメジストを強奪したあかつきにはこのイベントに参加して、蒼い竜ガルディエントのまもる宝石をいただいてトンズラしましょ!」
とにっこりと穏やかに言い放ってくれた。
なにそのリンダポイント上昇しまくりな生き様。
ツッコミを入れずにいられない。
「でもさ、これからこのイベントに参加するのやめたとして……、どうするの? なにか目的ある?」
もくてき!
もくてきですって。
えーーーーーーーと……………
「俺は騎士になるために旅に出たわけだけど……」
「違うでしょ、あんた騎士をウオッチングするために冒険に出たんでしょ」
「そんなわけないだろ! サラはどうなんだよ」
「わ?わ、わたしは……」
ふっと気づく。
私の目的って、なに?
ぶーんぶーんぶーんぶーんぶーん……ハチが飛んでいる。思わずよろめいて地面に両手ついてそのまま固まって悩んでいる私に、ハエのようにたかっている。
耳元で、
「ぷっ……くすくすくすくすくす」
て、嗤っている。むかつく。むかつくよママ。このハチだかハエだか微妙なやつ、あの腕相撲大会の台の向こうにいる肉ダルマの鼻の穴につめてやってもいいかしら。
いやしかし私。
目的……て、そう。友達が、つまりノアがいるからここに来たのよね。私、ファンタジーな冒険が大好きなのよね。武闘家になってヒャッホイだあ! て大喜びで今までやって来たわけで。
そうだ目的は、果たしてるんだ私……。
「そう。でも私の目的は果たせてないのよね」
にっこりしてノアはいう。装備したルビーの杖がきらりと光る。 |
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ま、いーじゃないか。
そんな具合で、イベントに参戦することが決定した。まあ他の選択の余地はなかったわけですけど。うん、そうなったら、いーじゃないかドラゴン! ザ・モンスターオブモンスター! その息吹は炎の嵐と化し、前に立つ者たちを哀れな消し炭に変える……その尾のひとふりは馬車すらふたつに叩き折り、その爪はベヒーモスすらあらがうことはできない。
リングワールドの世界では、ドラゴンは特別な存在。
世界には12匹の竜がいて、それらは全てのモンスターの中で、一番強い。「ドラゴンの試し」というイベントがあって、いくつかの段階を経ながら竜を相手に戦い腕試しをするイベントがある。こなしたレベルによってもらえるアイテムが違い、その中には「秘宝」シリーズというレアな装備品があるとか!
レベル10じゃいただけないこと確実だけどさ!
「ほらほら、このイベント推奨レベルが『?』になってるわよね。これがポイントだと思うの。これが30とか40だったらさすがに私も考えるわよ。でも、?ですもの。知恵と勇気さえあれば、乗り切れそうな雰囲気がたまらないわ。いえ、乗り切ってみせるわ!」
ノアは燃えている。
「知恵と勇気と欲望だよな……」
シロウが、決してノアに聞こえないような声で正しい呟きをもらした。
「うん、ノアは乗り越えると思うの……。でも、君は怪しいよねシロウ。なんか次こそは「死に」体験できちゃいそうよね。それはそれで面白いかもしれないわよ……」
「わぁ、不幸なこと言うのやめろよ。実現しそうな気がするだろ!」
カンナがぴょこたんぴょこたんはねるのについていく。
城下町は広すぎるけど、構造そのものは、中央に公園があって、放射状に道が広がっているのよね。んで、お城は、町の西側一帯を占めている。エメラルド色のお城がそびえている様はまさに圧巻。うーん、でも気になるところがあるんだけど、あの城……。
「サラもかい? 俺もなんだよ。あの城、なんか変だよな」
「うん……なにが変なんだろ?」
城の周りは氷みたいな透明な石がばきばきにわれていて、それが光を放ち、城を照らし出している。あの硬石の絨毯のあたりは出入り不可なんだって。
積み重なった石が高く高く……空に届く。木々の高さすら届かない高みに窓が開いていて、旗がひらめいている。うん、でも旗とはなかなか気づかない。カーテンみたいな、派手な色彩の布が窓からふわっと広がっているのだ。それがこの石造りの城に柔らかな感触を添えている。
まるでシュークリームみたいなお城なのだ。
「何が変って、」
数歩前を歩いていたノアが振り返る。
「そりゃ変よね。あの城」
綺麗なんだけど……
「どこから入るのか、分からないもの」
あああああ、そうだ。根本の方は壁壁壁、まったく出入り口らしき穴がない。だいたい硬石絨毯のあたりは出入りできないんだもの。城に近づくことができないじゃない!!
そのときカーンカーンカーン、と頭が澄み切っていくような鐘の音がした。途端に風が強くなる……、ふわふわと、あちらこちらで風船が舞い上がるのが見えた。
「わっ……、綺麗!」
どこからか泡みたいにうまれでた風船が、町全体を浮き上がらせるような風に乗って空に舞い上がっていく。まるで海の中できらきら輝く泡を見ているみたい。誰も風船を飛ばしたわけじゃないのに、いきなり現れた風船たちがのぼっていく。赤、黄、青、緑、いろいろな色彩が空に昇っていく……
公園の中央にはでっぷりと太った幸せそうな、男の像が建っている。巨大なそれを取り巻くように出店が立ち並んでいて、忍者だの僧侶だの暗黒戦士だの、見たことない職業のひとたちが歩いている。バザーだ。そう、錬金術師たちが生活の糧をえるために発明品を売ってるんだ。
「あ、あそこですよぅ〜」
ユリアさんはでっぷりと太った男の像の、右手の錫杖の下に立っていた。
銀色に光り輝く鎧。蒼い石のついた剣。緋色のマント……、長い金髪がすでに装備の一つみたいにきらきらしている。にっこり笑う美人、あれが……あの薄汚れた姿で
「お願い、お願いしますこのイベントに参加してー!」
と頼んできたひととはとても思えない……。
「お久しぶりです、みなさん!
あら、どれくらい時間がたったのかしら。わからなくなっちゃいましたね。とにかく、お元気そうでなによりです。レベルは上がりました? 装備は充実しました?
アリエッタ様のイベントには、参加できそうですか!!!?」
元気いっぱいだった。 |