RINDA RING  LEVEL03-17「」



「呪いをといて欲しいんですけど……」
 シロウは頭をかきながら、そう言った。
 悪神信仰の巫女さんは、ベールで鼻の頭まで隠してて、目だけは見える。

「呪いというと、そのペンキのことですか。
 もしくはそのハムスターにかけられた呪いですか」
「えええええっ!?」
 慌ててシロウは飛び上がりそうになった。
 すると巫女さんはふふふふ、と妖艶に微笑んだ。
「冗談です。でもそんなに驚いてくださったら、冗談を言ったかいがあります」
「あ、はぁ……」
「10ゴールド、いただきます」

 破格の安さだった。
「なにそれ。なにそれ。善神教会だったら、もしかしたら1000ゴールドはぼったくられてたかもしれないのにっ! しかも一人分で」
 ぶるぶる。恐ろしい。
 教会にカーズさんがいたのは、私たち運が良かったのよね。彼は冒険者を助けるという、いわば修行をしてる人だから。冒険者に奉仕してくれる。そういう聖職者は世界にちらばってるらしい。でも彼らは固定の場所にいるわけではないから、会うかどうかは運。
 カーズさんがあの場所から移動しようと思ったら、次にはもういない。たぶん固定台詞しか吐かない宿屋の主人が居て、何を話しかけても

「よう、泊まってくか?
 →はい →いいえ 」

しか選べなかっただろう。まあその代わりに泊まったのがあのホラー宿かと思うと運が良いかどうか微妙……いや、まあ運はいいんだ。きっと。

 たらららららー、とアジアンチックな音楽がなって、
「神よ、あまねく霊魂に永久の眠りを 迷えるものに鉄槌を!」
と巫女さんが叫んだ。
 てっ、鉄槌!? とシロウが口に出したとき、
 ばりぱりばり! と音がした。雷が、落ちてきたのだ。シロウの上に。

 気づくとシロウはぱったり倒れていた。

「ふう……成功成功☆」

 すごい満ち足りた笑顔で、巫女さんはそんなことを言った。
 ベールをすぱっと取り去ると、風を心地よく受けている。そうすると神秘的なイメージはなくなって、なんか元気な感じ?
「成功って、成功って、してないじゃない! シロウ死んでるじゃない!!」
「あら、死んでないわよ。生きてるわよ」
「動かないじゃない!」
「感電してるからよー。しばらくすれば動き出すから! 怒らないで、安心してっ」
 暗黒巫女さんはアリッサと名乗った。冒険を続けていたらお金が足りなくなったんで、バイトしているらしい。

「うー……酷い目にあった。あわっ、HPが1になってる!?」
 アリッサの言葉通り、シロウはちゃんと目を覚ました。
 でもHPが1なせいで、私たちの視界は真っ赤っかだ。ひどい。
 ……でもそれは回復すればいいだけの話よね。善神教会みたいにたくさんお金を積んで無事に回復して貰うより、HPが1になっても10ゴールドの方が割が良いわ。
「イチゴケーキ食べるよ〜」
 シロウはむしゃむしゃケーキを食べ出した。回復は一個じゃ完全じゃなかったので、二つめに手を出している。
「私チーズケーキの方が良いなあ」
「あ、私はタルトがいいー」

 アリッサは猫みたいにのびをすると、おっと次のお客さんが来ちゃう、とベールを装着し直した。ついでに室内にこもらせている煙の量を増やすべく、お香をたき出した。




*******




「……んんん?
 ぺっぺっぺ、なんなのじゃこれは。安い香の匂いがするぞよ、わらわには耐え難き匂いじゃ!!」

 シロウの背後の壷の中身がお目覚めあそばした。
「何をやってるのじゃシロウ! わらわをこんな暗く冷たく狭い場所に押し込めて……まるでネズミにでもなった心地! 耐え難い屈辱じゃ、わらわは、わらわは泣いてしまいそうじゃ……!!」
「わわわっ、ごめんよ姫様!
 すぐ外に出るから許してくれ」

 うーん、この狭さでネズミ気分かあ。姫様って職業も大変よねえ。
 しかしシロウはすっかり保父さんが板に付いているよ。

 巫女アリッサがシロウの壷を見てぽかんとしている。
「なに、それ。珍獣?」
「なにをう! 珍獣とは侮辱! 屈辱! その言葉わらわに対する挑戦と受け取る!
 見ておれ、いま靴を投げつけてやるゆえ……ん? んんんん?
 おお、なんということじゃ、壷に入ったままでは靴が脱げない!!」


 ………………姫様ってば…………。


「なにそれ。ねぇねぇ、なにそれ。
 姫様って呼んだよね。なにそれ」
 アリッサはとっても興味を抱いたようだ。でも説明するのはなんというか……めんどくさい。なんかややこしいし。
「壷に入ったモンスターを見つけたの。
 珍しいから飼ってるの」
 ノアが無惨な説明をした。
 耳に入れた姫様が涙を浮かべながら文句を言うが、知ッタコトジャナイ・テイストで馬耳東風。見事。

「ふーん。そうだ。これはサービスで情報あげちゃう。
 暗黒神殿の東の廊下の突き当たりに、牛の絵の落書きがあるんだけど。そこで、
『ゾンビなんかだいきらいだあああ』
て叫ぶと、なんか面白いことが起こるらしいよ」

「え!? なにそれ。イベント……なのかな?」
「さー? 私は知らない。試してみるのも、試さないのも、自由よ。
 じゃあ次のお客さんが来たみたいだから、出てってねぇ」

 追い出されてしまった。




*******




「東の廊下っていうと……こっちかな」
 ノアが着実な足取りで神殿内を進んでいく。
 なんで建物の中にいて方角が分かるんだろうなー。不思議だなー。

 神殿は大きいけど、そんな複雑な作りではない。
 だから私たちはわりかし簡単にそこにたどり着くことができた。
 その壁には牛の絵が描かれていた。なんか、子供の落書きみたいな絵。


「叫んで、みる?」
「うーーーーん……」
 悩むところだ。ここで変なイベントを起こしてそれが時限イベントだったとする。私たち、そんなイベントをこなしている時間はないはず。
 でも、でもものすごく気になる。
「どうする?」
「じゃ、シロウが決めてよ! シロウがいなかったらここ来てないわけだし。あの情報も、きけてないし」
「え!」

 シロウはしばらく悩んでいた。あーうーうなりながら、壁を眺めていた。
 牛の絵がなんとなく私たちを誘ってる気がする。
 その向こうにはとっても面白そうなことが、待ってる予感。


「ゾンビなんか、きらいだああああああっっっ!!!!!!!」

 そしてシロウが叫んだとき、私たちは壁がくるりと回るのを見た。回った壁の向こうに、

「下に気をつけて」

と書かれた紙が貼ってある。
「下?」

 見ると、床がぽっかり抜けていた。
 私たちは、悲鳴を上げながら落ちていったのだった。


NEXT?



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